――おとんってさ、キョーダイとかおらんかったの?
――忘れた。
――え~? そんなことってある?
――なんや、急にそんな話。
――ん~……。うちも、キョーダイほしかったなぁって。
――……そうか。
確かに、いたんだ。
うちの世界にも、おとんのキョーダイが。
でもおとんは、そんな話全然しなかった。
リマ姉ちゃんが言うには、別に不仲ってわけじゃなかったみたいやけど。
そっかぁ。おとん、独りぼっちやなかったんやねぇ、なんて、
生意気にも安心したりして。
そらまぁ、おかんが生きとったら、最高やったんやろうけどね。
……皆笑ってられる世界って、どっかにあるのかな。
1つくらいは、あって欲しいな。
無数の傷を負った邪なる者の動きが鈍る。
一方のヒスイは、自身が傷つこうとも、平気で宝剣を振るっていた。
「ヒスイ兄ちゃん、もういいよ。
おとんも、もういいよ。
――こんなの、悲しいだけだよ」
届かないこの想い。
邪なる者に呼びかけても、違う歴史で生きてきた父と娘では、その声も虚しく消えていくだけ。
皆が一緒にいられればそれだけでいいのに。
そこに自分がいなくとも。
やがて邪なる者の胸元が宝剣に貫かれ、炎の血を流しながらその巨体が霞む。
やっと解放された、とばかりに、豹の横顔が静かに目を閉じる。
「メノウ!!」
聞き覚えのある叫び声。
振り向くと、一人の女性が馬を駆ってきたところだった。
――アガーテだ。
「あぁ、……あぁ……」
地面に降り立ったアガーテは、青痣が浮かんでいる頬に一筋の涙を流す。
彼女の視線の先で、ヒスイがメノウの胸を貫いていた。
刃が引き抜かれると、メノウはその場に崩れ落ちる。
横たわった彼には、もう戦意はない。
全身から血を流して、後は遠のく意識に身を任せるだけだ。
だというのに、ヒスイは宝剣を振り上げる。
「やめろ、もういい、ヒスイ!!」
ヒューランの声は届かなかった。
無情にも、凶刃は抵抗する術のない体を更に貫く。
二度、三度、と繰り返すその姿。
「もうやめて、お願いやめて!!」
四度目の刃は、飛び込んだアガーテの胸を貫いた。
『後始末は任せる』
その言葉の意味を、ヒューランはようやく理解した。
彼は震える手で剣を引き抜く。
「……ヒューラン?
何を……」
「――これは、俺が決着をつけるべき、なんだ……」
「ちょ、ちょっと待って、ヒューラン!
まさか……」
「止めないでくれ、ハイネ。
もうあいつは、戻れない。
だから、終わらせてやらなきゃいけないんだ――」
ヒューランは駆け出す。
メノウに寄り添うように倒れたアガーテの背に、これ以上の傷をつけないように。
「ヒスイ、もういい。
俺が終わらせてやるから、もう……やめてくれ……!!」
振りかざされた宝剣を、ヒューランが叩き落とす。
そしてその切っ先を、渾身の力を込めて心臓に突き立てる。
飛び散る血。
確かな手ごたえ。
――ヒスイは、笑っていた。
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