「ヴィオル様!
左翼の軍がアルマツィア軍と接触した模様です!」

「は?
なんで白の国がこんなところにいる」

「そ、それは……」

「率いているのはどこのボンクラだ?」

「……ルベラ教皇です。
教皇自らが軍を率いています」

馬上で前衛がカレイドヴルフに向けて進軍するのを優雅に眺めていたヴィオルの顔からニヤついた表情が消える。

「何故だ?
教皇が我々を妨害するだと?」

「……碧の国と協定でも結んでいたんじゃない?
貴方が魔物で無邪気に遊んでいる間に……」

ヴィオルの隣の馬に乗っているアガーテが呟く。
やつれきった彼女の髪を乱暴に掴み、ヴィオルは睨みつける。

「俺を馬鹿にするのも大概にしろよ?
お前など、体くらいにしか価値がない女なんだからな」

「結構だわ。
貴方だって、その地位がなければ哀れな一人の男でしかないのに。
先を見通す学もないから、私を戦場に連れてきたのでしょう?」

「さて、それはどうかな。
貴様の愛する男とやらが本能のまま人間を滅ぼしていく姿を記念に見せてやろうと思ったのかもしれないぞ?」

カレイドヴルフ王都の近くに赤い大きな影が見える。


――あぁ、ごめんなさい、メノウ。

――苦しいでしょう。辛いでしょう。

――せめて、傍に……


「おい!」

アガーテは無意識のうちに馬を走らせていた。



「ヴィオル様、アルマツィア軍から通達が届きました」

ちっ、と舌打ちしたヴィオルは雑に紙を引ったくり、目をやる。


『ブランディア全軍に告ぐ。
碧の国への攻撃を中止し、即時撤退せよ。
従わぬ場合は教皇アルマス10世の名において、相応の罰に処する』


「ふん。弱小宗教国の頭目ごときが小生意気な」

「しかしヴィオル様、全盛期までとは言わずとも、“あの”白の国です。
ブランディアと互角かそれ以上の戦力を持っていることは確実では……」

「この際まとめて相手してやるさ。
どっち道碧の方はもう虫の息だろう。
碧と白、どちらも手にできる好機かもしれんぞ」

「……では、この通達は……」

「捨ておけ。こちらから火を浴びせてやるがいい!」





その一方で、北側の国境ギリギリに配置された軍の将は重い溜息を吐く。

「まったく、足元を見やがる青二才どもだ。
完全にとばっちりだろうがよ」

――ルベラは馬上でブツブツぼやいていた。
使者が戻ってきたところで、その顔色を見て「やっぱりな」と肩を竦める。

「せっかくアルマツィア様が忠告してやったってのに、後ろ足で泥を掛けられたようなもんだな。
まぁ、向こうがその気ならこっちは楽しませてもらうだけだ」

「差し出がましい事を申し上げますがルベラ様、今回の件は傍観に徹してもよかったのでは……?」

「都合ってもんがあるんだよ」

すべてはその色香で誘ってきた、ある女のせい。
いい女だと抱いてみれば、半分は同じ血であると知らされる。
歴史の闇に葬られた、グラース皇家の隠したい過去。
聖なる血を掲げる男系一族が、表に出さずに消してきた女児という存在。

先代の残滓である彼女が金銭の他に望んだ報酬が『これ』だったのだ。

「本当に、一銭にもなりゃしねぇ。
せいぜい沸き立つような戦いをさせろってんだ!!
行くぞ、全軍!
進軍開始!!」




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