「どんどん運べ!
ありったけの弾を持ってこい!」
王城付近は武器庫と戦線を往復する荷馬車が何台も行き交っていた。
戦線の状態は芳しくない。
荷運びの兵達も焦っていた。
早く届けねば。
何としてでも王都に立ち入らせてはいけない。
馬車の往来はいつもよりずっと早く、激しい。
全員同じ気持ちでいたからか、小さな影に気付かなかった。
王城から飛び出してきたそれは、本来であれば護衛の目があるはずで――……
「う、うわー!!!」
荷馬車の上からの目線が、足元で立ちすくんだ子供に気付いたのは、一歩手前の事だった。
ズザッ、と何かが転がり出る音。
制止が間に合わなかった蹄が、手綱を引かれて宙をかく。
「そんな、嘘だろ、やっちまっ……」
真っ青な顔を脇道に向けた兵は、そこに横たわる人物が記憶と異なる事に目を白黒させる。
「い、……たたた……」
むくり、と起き上がったのは赤い髪の少女。
そしてその華奢な陰から、さらに小柄な少年が一人。
「グランくん、大丈夫だった?」
「なっ……!」
身体の半分に無数の掠り傷を負ったハイネがヘラリと笑った。
「も~、あかんやないの~。飛び出したら危ないで」
「な、なんであなたが……」
「ぐ、ぐぐぐグラン様!!!
お怪我はございませんか?!?!」
荷馬車から慌てて降りてきた兵が駆けつける。
「僕は……何ともないです。
こちらこそ、申し訳ありませんでした。
焦って安全確認を行わず……」
「あぁ、あぁ、大丈夫です、こちらは、はい!
よ、よかったぁぁぁ……
自分、殿下を轢いてしまったかと……」
そしてその兵は、座り込むハイネに手を差し伸べる。
「お嬢さん、ナイススライディングでした。
いやもうほんとに、自分の荷馬車で殿下を轢き殺したなんて事になったら、どう償おうかと……」
「うちは大丈夫!
こう見えて丈夫やから!」
おーい、と向こうからアメリが駆けてくる。
「ハイネ!!
君はなんと無茶な事をするのか!!
一歩間違えば君も巻き添えにペシャンコだったのだぞう?!」
「えへへ、ごめんて。
つい体が動いちゃって」
荷馬車を見送り、その場の3人は道の脇へと逸れる。
「それで、グラン。一体突然どうした?」
「父上と母上が危ないって……」
「誰に聞いたのだ?」
「……それは」
まさか霧のように消えた父にそっくりの男だとは言えない。
グランはそう思って口をつぐんだのだが、ハイネはそれを見透かしていた。
(ひょっとして、これも『アクロ』って人の影響じゃ……)
今回はハイネの救助が間に合ったが、他にも『彼』によって歯車が狂ってしまった者がいるのかもしれない。
「……グランくん、いい?
キミのおとんとおかんは大丈夫やから。ね?
だからお城で待っとって」
「僕があなたの言葉をハイハイそうですかって大真面目に捉えるとでも?」
「じゃあ、貸しってことで。
うちは今グランくんを助けたよね。
だったらそのお礼に、一つだけうちの言う事聞いて。
――お城にいて」
「でも……っ」
「グラン、私からも頼む。
……いや、姉として命じる。お前は身を守る事を優先したまえ。
これは父上と母上の願いでもある。
絶対に後悔はさせないから」
「子供だからって、守られているばかりはイヤなんです」
ぐ、と小さな拳が握られたが、グランはふっと肩の力を抜く。
「……けど、現時点で僕にできる事は何もないわけです。
だというのなら、おとなしく隠れていることにします。
余計な負担を増やしたくないので」
それじゃ、と彼はあっさり背を向け、城へと戻っていった。
「驚いたな。あんなに素直に聞き分けるとは」
城門の向こうへ消えた弟の背を見やり、アメリは呟く。
そして改めてハイネに向き合い、深く頭を下げた。
「グランを救ってくれてありがとう。
君は実に勇敢だな。
私も見習わなくては」
「いや、そんな、大した事じゃないから。
それよりも、戦線に戻らなきゃ!
行こう!」
2人は急いで戦地へと舞い戻る。
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