見上げるほど大きい、黒い体の豹のようなもの。
真っ赤な瞳は王都を見つめる。



「う、うわー?! なんだありゃ?!」

「やだやだ、怖い!! 早く送ってよ!!」

広場にいた残りの住民達がパニックに陥る。

「っだー!! 待て待て!! そんな一度に運べねえから!!
おい嬢ちゃん、どうすんだよこれ!!
まだ半分いんだぞ!!」

ヒューラン達は武器を構えて街の向こうへと駆け出す。

「俺達が足止めする!
ハイネ、住民を頼む!!」

「う、うん!!」

「頑張るのは俺なんだが?!」

これまでは列をなして行儀よく待っていたものだが、途端に我先にと統率が乱される。

「わ、私は貴族だぞ!!
平民を待ってなどいられるか!!
先に行かせろ!!」

「あっ!! 汚ぇぞ、このやろ!!
てめぇら養ってんのはどこの誰だと思ってやがる!!」

「びええええ、ママどこー?!」

「み、みなさーん!!
大丈夫やから、ちゃんと並んで!!」

ハイネはありったけの声でそう呼びかけながら、人混みに押されて転んでいた子供に駆け寄る。
鞄から傷薬を取り出してしゃがむ。

(うちにはこれくらいしかできないけど……)

「ママがいないの。ぼくをおいてっちゃったのかな?」

擦り傷を治療されながら子供が呟く。
ぽんぽんと頭を撫でてやっていると、向こうから女性が一人駆けてきた。

「ママ!」

「ああ! よかった!
ありがとうございます。どこのどなたかは存じないのですが……」

母親のようだ。ずっと我が子を探していたらしい。
列は消え、彼女たちが最後だ。

「おねえちゃん、ありがと!」

「ん! 行っておいで!」

子供を抱えてペコリと頭を下げたその女性を見送り、ようやく全員の転送が終わった。
グレンは思わずへたりこんでしまう。

「お、終わった……。間に合った……。
ほら、嬢ちゃんももう行くんだろ?」

「ううん。仲間を置いていけないよ。
グレンさんは先に行って。
もう動けないくらいでしょ?」

「はァ?!
お前達はどうすんだよ」

「大丈夫、追いかけるから!
ほら、行って!!」

「……ほらよ。懐中時計。返す。
そんじゃお言葉に甘えてトンズラさせてもらうぜ。
あぁもう、二度と御免だぜ」

ユラユラと立ち去るグレンの背を見送ってから、受け取った懐中時計に目を落とす。

「クレイズ先生、おおきに。
無茶させてごめんなー?」

――ホント、人使いが荒いよね。



ぴた、とハイネは止まる。

「え、今何か喋っ……」

指先で触れた懐中時計は沈黙を貫いていた。




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