その日のジストは、ごくいつも通りの日常を送っていた。
朝は定刻通り目覚め、起きがけの薔薇の紅茶を一杯楽しみ、雑務に取り掛かる。
「おはようございます、母上」
末王子のグランが礼儀正しく挨拶に訪れる。
「……それで、母上。
レムリア先生はいつお戻りになられるのでしょう?」
「当面の間は本職に忙しいようだ。
何か大きな取引があるとかで、随分前から長期的な休暇の申請が出ている」
「そうですか……。
レムリア先生の授業を受けたかったのですが」
「仕方あるまい。無理を言ってお前達の教育係を頼んでいた身だ。
元々彼は研究者なのだ。尊重してやらねば。
確かに彼の精霊術の授業は興味深いものがあるが……
グラン、お前は先に召喚術を学ぶべきだろう?」
「それは、そうなのですが。
……僕は『アルカディア先生』があまり好きではないのです」
むす、とグランは不満を口にする。
母親に直談判するくらいだ。よほど我慢がならないのだろう。
「まぁ、そう言ってやるな。
ああ見えて、召喚術の第一人者だぞ。
とはいえ、私生活は決して真似るでないぞ」
「はぁ……。憂鬱です……」
埒が明かないと察したのか、グランは文句もそこそこに母親の部屋を後にした。
その扉を開けると、まさに今噂をしていた男が立っていた。
「ようよう、坊ちゃん。
勘弁してくれよな。俺はあの女王サマに雇われてる身だぜ?
クビにされたら野垂れ死んじまう」
「盗み聞きなんて、呆れますね!
アルカディア先生」
サングラスをかけたその長身の男は、にんまりと笑った。
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