その日のジストは、ごくいつも通りの日常を送っていた。
朝は定刻通り目覚め、起きがけの薔薇の紅茶を一杯楽しみ、雑務に取り掛かる。

「おはようございます、母上」

末王子のグランが礼儀正しく挨拶に訪れる。

「……それで、母上。
レムリア先生はいつお戻りになられるのでしょう?」

「当面の間は本職に忙しいようだ。
何か大きな取引があるとかで、随分前から長期的な休暇の申請が出ている」

「そうですか……。
レムリア先生の授業を受けたかったのですが」

「仕方あるまい。無理を言ってお前達の教育係を頼んでいた身だ。
元々彼は研究者なのだ。尊重してやらねば。
確かに彼の精霊術の授業は興味深いものがあるが……
グラン、お前は先に召喚術を学ぶべきだろう?」

「それは、そうなのですが。
……僕は『アルカディア先生』があまり好きではないのです」

むす、とグランは不満を口にする。
母親に直談判するくらいだ。よほど我慢がならないのだろう。

「まぁ、そう言ってやるな。
ああ見えて、召喚術の第一人者だぞ。
とはいえ、私生活は決して真似るでないぞ」

「はぁ……。憂鬱です……」

埒が明かないと察したのか、グランは文句もそこそこに母親の部屋を後にした。
その扉を開けると、まさに今噂をしていた男が立っていた。

「ようよう、坊ちゃん。
勘弁してくれよな。俺はあの女王サマに雇われてる身だぜ?
クビにされたら野垂れ死んじまう」

「盗み聞きなんて、呆れますね!
アルカディア先生」

サングラスをかけたその長身の男は、にんまりと笑った。




-259-


≪Back | Next≫


[Top]




Copyright (C) Hikaze All Rights Reserved