「ヒスイ兄ちゃんは、どこまで知っとるのよ」

「どこまで、と言われてもなぁ。ちと予定が狂った。
せやから、ワイが思っとった『未来』と違う道に逸れた。
まさか兄貴をあんなバケモンにする方法をヴィオルが持ってたとは……
この先どうなるかはワイにもわからん」

「アレがおとん、だなんて……」

「お前、娘なのにわからんのか?
魔力の感じが兄貴そのものや、アイツ」

ハイネは魔力には人一倍敏感だが、あの邪なる者からは自分に近しい魔力というものを感じなかった。
それどころか、言い知れぬ恐怖心さえ煽られる。
優しい父とは似ても似つかぬ『何か』だ。

「ヒスイ兄ちゃんが本来目指してた未来って何?」

「逃がしてやりたかったんや。
……兄貴とアガーテ様を」

その気持ちは本当だ、と彼は念を押す。

「ワイはな、出来の悪い弟やったから。
ずっと兄貴に助けられてきた。
奴隷時代なんざ、何回ワイを庇って兄貴が死にかけたかわからんわ。
……だから、ごく純粋に、兄貴には好きに生きて欲しかった」

ほんのちょっぴり、アガーテが勇気を出せるだけでよかった。
彼に、「連れ出して」と言えるだけの勇気があれば。
彼は迷わず従っただろう。
あの二人は、逃げ出すことで未来を掴める運命なのだ。



(そういえば、おとんが昔、そんな話をしてたかもな)

“私をここから連れ去って”。
――それが、アガーテの望みであり、叶えられた思い出でもあったと。



「また、うちが狂わせてもうたのかなぁ……」

ぽつりと呟くと、ヒスイはハイネの小さな頭にグリグリと大きな手を撫でつけた。

「お前は考えすぎなんよ。
お前でなくとも、ワイは別の誰かを使って同じことをしとった。
何がどうして兄貴がああなったかはわからん。
だが確実に、ヴィオルがキレる“何か”をどっちかがしでかした。
ワイの詰めが甘かっただけや」

それよりも、と彼は続ける。

「ヴィオルがいつから兄貴をバケモンにする準備を進めていたかが問題やて。
つまり、邪なる者を“造る”手段が、もう学会の範疇から出とるというわけやろ?
あんなモンが流通してもうたら、赤の国どころか世界中が滅ぶのも笑えん冗談になる」

あの薬をバラまいた“誰か”がいる。
作った張本人であるレムリアかもしれない。
彼は既に旧友であったクレイズすら手にかけている。
だが、仮にレムリアがヴィオルに薬を売ったとしても、一体何のメリットがあっただろうか。

(考えろ、考えろ、うち……!
この先この世界はどうなる?)

邪なる者はダークエルフの里を蹂躙し、その後はどうするか。

(ひょっとして、あの邪なる者……
ミストルテインに向かうんじゃ……?)

そしてジストが死ぬ。
恐らくは巻き込まれて、ヒューランも死ぬ。

「……ヒスイ兄ちゃん、みんなを止めよう。
話したいことがある」

「お、軍師ハイネ様が何か思いついたんか?
そら助かる。こちとらお手上げやて!」

ヒスイは手綱を引いて馬を止める。
それに気が付いた仲間たちも、それぞれの足を止めた。




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