大慌てで外に出ると、里は混乱していた。
ダークエルフは夜目が利かない。日没と共に一日を終える彼らにとって、この時間は『死角』だった。

「な、何が起きて……――」

問うまでもなく、すぐに目に飛び込んできた。
暗闇に溶けるような黒い体から覗く真っ赤な瞳。
注意深く輪郭を辿れば、まるで豹か獅子か、その巨体が里を見下ろしていた。

「へ……、なんでこんなところに?!」

「は、ハイネ!! ここにおったか!!」

駆け寄ってきたのはヒスイだ。傍らにはヒューランもいる。

「訳わからん!!
いきなり湧いて出てきた!!」

「剣も弓も効かない。ミストルテインにいたあの生き物と同じだ。
邪なる者で間違いない」

ヒスイの慌てぶりを見るに、これは明らかに彼の策略の外らしい。
直後、大弓を片手に走ってきたのはターフェイだ。

「えぇい、何が起きている! くそ、よく見えない!!
アレは何なのだ?! 本当に邪なる者なのか?!」

「鉄や鋼ごときではまるで歯が立たない。
こうなったらまた……――」

ヒューランは宝剣に手を伸ばす。それを瞬時にヒスイが止めた。

「やめろ使うな!
二度目はどうなるかわからんぞ!!」

「しかしこのままでは!!」

“邪なる者”は鋭い牙の横から炎を漏らしていた。
ひとたび吠えれば、火の粉が降り注ぐ。
それを浴びた家屋が煙を湛え始める。



ハイネの脳裏に、『麓の集落』が過った。

「……逃げよう、みんな」

「ハイネ?!」

「ミストルテインの馬! おるやろ!
全員でアレに乗って逃げるんや!!
散り散りに逃げれば助かる!!」

「――よし、行け。倅」

ターフェイは弓を構えた。
慌ててハイネは彼女に撤回を求める。

「ダメ! 全員で逃げるんよ!!
アレはうちらじゃ手に負えん!!
死んでまうわ!!」

「……奇妙な少女だ。
ダークエルフを庇うのか?」

「当たり前!!」

ターフェイは、かすかに微笑んだ。

「ならば猶更、行くのだ。
どの道全員が乗れるほどの馬はいない。
それに、ダークエルフは始祖よりこの地に住んできた。
故郷を捨てて逃げるくらいであれば、誇りに殉じる」

「そんな……!」

「……ありがとう。幼き娘よ。
そこの倅を守り抜いてやってくれ。
我々ができる限り“奴”の足止めをする!」

ハイネはぐしゃりと顔を歪めた。

――あぁ、まただ。また大勢死んでしまう。



彼女が抱える別離の悲しみは、ヒューラン達にもよくわかっている。
それでも、彼女の肩を強く揺すった。

「ハイネ! 誰も君を恨まない! 私達と共に行こう!」

「とにかく離れるぞ、お前ら!
乗れ乗れ!!」

馬を駆り、一行は里を飛び出した。
遠ざかる炎に照らされるダークエルフの影は、手を合わせてから死地へと赴いた――……。




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