小走りで外へ出る。
少しずつ空が白む時間、砂漠はまだキンと冷えている。
キョロキョロと辺りを見回し、倉庫の前で目的の人物を見つけた。
「ヒューラン!」
木箱を運ぼうとしていた彼は、突然の呼びかけに驚いて手を滑らせ、木箱のカドに爪先を襲撃された。
声にならない悲鳴で卒倒しそうな顔をしている王子に、ハイネはごめんごめんと頭をかく。
「……生まれてこの方経験のない痛烈な目覚ましだった……」
「ごめんて!
でもやっぱり、早起きなんやね」
いつの日か、ヒューランは早起きだと語っていた。
そして、彼の忠実な従者は朝に滅法弱いとも。
確実に彼と二人になれる時間は今だけだ。
「……それで。どうした?
お前もずいぶんと早起きじゃないか」
「ちょっとヒューランと二人で話したくて」
そうか、と少々頬を染めたのはさておき、先ほど落とした木箱を丁重に並べ直した彼。
ぱしぱしと両手をはたいてから、彼はハイネに向き合った。
「あの……真面目に聞いて欲しいんやけど」
「俺はいつだってお前の話なら真面目に聞いてきたつもりだが」
「そ、そか。じゃあ言うけど」
注意深く周りを見回し、本当に誰もいないと判断――否、予想し、ハイネはヒューランに耳を貸すように言う。
訝しげに首をかしげたヒューランだが、彼女の言う通り少し屈んで耳を傾ける。
――支援物資の出所が、ヴィオルにバレているかもしれない。
小声でそう囁く。
ヒューランは瞬時に顔を上げ、目を丸くした。
「どういうことだ?
誰かが漏らしたと言いたいのか?」
「あ……う……そうなる、かな」
「何か“見た”のか?」
馬鹿正直に「夢で見ました」などとは言えない。
『証拠』に困ったが、ヒューランは腕を組んで空を仰いだ。
「……まぁ、有り得ない話ではないだろう。
内通者がいる可能性はゼロではない。
心配してくれているんだな、お前は」
「そんな軽いもんちゃうんやけど……」
どうしたら重く受け止めてくれるだろうか。
「ヒューランってさ、今でも争いはキライ?」
ふと、ハイネは呟く。
ヒューランは少し微笑んだ。
「それは、そうだな。
イザナにでも聞いたのか?
あいつは昔から、和平派だの過激派だのという括りが大嫌いでな。
俺も、本当はイザナと同じだ。
だが俺は、母上の……ティルバの息子として、伯父上に屈するわけにはいかないんだ。
抵抗する手段が武力しかないのだとしたら、俺は躊躇わずに武器を取る」
「……もし、自分が途中で死んだらって、考えたことはある?」
ハイネの問いに、彼は視線を地面に落とした。
「痛いところを突くな、お前は。
……お前が察している通りだ。
俺は自分が死ぬことを考えていない。考えないようにしている、といった方が正しいか。
俺が死んだら、代わりを務める者がいない。
だから、死ぬわけにはいかない。死んだら“おしまい”だ」
「じゃあ。
もしうちが未来を予言できて、『ヒューランはもうすぐ死にます』って言ったら、……どうする?」
珊瑚の瞳がハイネを見つめる。
その表情は、まるで色を失ったようだった。
別の世界から来た『ハイネ』という少女。
前の世界での喪失感をさらけ出したあの日の彼女。
彼女が自分たちを信じて話してくれた。
なら、その気持ちを蔑ろになんて、できない。
「……死ぬんだな、俺は?」
静かに、彼はそう口にした。
ハイネは肯定も否定もしない。ただ、俯く。
「お前、一体いつから……?」
「そんなに昔じゃないよ。だから気にせんといて。
アメリは、ちょっとだけ知ってる。
へへ……勇気出なくて、先にアメリに聞いてもらったんだ」
「そうか……。
すまない。気を遣わせただろう?
教えてくれて助かった。今すぐヒスイに――」
「だ、ダメ!!」
えっ、とヒューランは身を固める。
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