ハイネから見れば未来の図に等しいこの世界だが、辿ろうとしている道はハイネの世界の過去によく似ている。
それほどまでに、この世界の歴史の歩みは遅いようだ。
ハイネの世界では、赤の国の王はティルバである。
6年前にヴィオルとティルバが互いに軍を率いて衝突し、ティルバが勝ったわけだ。
ヴィオルがどうやって死んだのかは一般人は知る由もないが、ハイネはなんとなく察している。
本人から聞いたわけではないが、ヒメサマ達――恐らくは自分の父親が、ヴィオルを討った。
ティルバは、この世界にはもういない。
彼女の遺志を継ぐのが、息子のヒューランだ。
元の世界のような歴史をなぞるために立ち向かう者は、ヒューランだと思っていいのだろうか。
「ねぇ、イザナ。ちょっと聞いてもいいかな」
シエテの摩訶不思議な落書きを眺めて笑っていたイザナが、きょとんとした顔でハイネを見る。
「イザナは、“メノウ”って人のこと知っとる?」
「モチのロンですネ!
よくミーにおやつくれましタ! ヤサシイのですヨ♪」
(おとん、なんでお姫様を餌付けしとんのや)
一瞬でそんな疑問が過って消えた。
だが、イザナがそう語るメノウは、昨日ハイネに殺意を向けてきた彼とはどこか違う。
「悪い人とちゃう?
ほら……イザナやヒューランのこといじめるとか」
「ゼンゼン!
むしろヒスイの方がヒドいデース!!
ミー、ちっちゃいころからお兄と遊びたくてもヒスイにジャマされてぇ……」
シエテが手をとめて口を尖らせる。
「なにそれ、ヘンなの。
それじゃイザナがさみしーじゃんね」
「まぁそりゃあ、ヒューランは王子様だし、勉強とかいろいろあったんじゃ……」
「チガウのデスヨー。
ヒスイ、ミーに“ヨケイなクチダシするな”って」
ん?、とハイネは首を傾げる。
単にヒューランの時間を潰さないためというには少し辛辣な物言いだ。
「イザナ、その時ヒューランに何言おうとしたの?」
「センソーなんてやめておじさまと仲良くしよー、デスよ。
お兄、ホントはセンソーしたくないって言ってて……
ミーだって、毎日お祭りの方がハピハピですヨ」
「ヒューランって戦うのキライそうだしねー。
ボクはダイスキ! そのヴィオルって人の兵士ならコロしてもいいんだよね?!」
途端にナイフを取り出したシエテを宥め、ハイネは眉をひそめる。
思い返せば、ヒューランは自ら“争いたいわけではない”と話していた。
そんな彼が、負けるとしか思えない戦いに身を投じようとしている。
――ヒスイに、唆されているのではないか?
(なんで負ける戦いを勧める必要があるん……?)
ヒューランが死んでしまったら、和平派は敗北だ。
その後の国を支配するのは、ヴィオルになってしまう。
――元々彼は、ヒューランが生まれる前まではヴィオル派だったわ。
アガーテの言葉をふと思い出し、そして凍り付く。
(ヒスイ兄ちゃん、もしかして……――)
“今も”、ヴィオル派なのではないか?
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