赤の国を治める主は、実力で決まる。
だから、生粋の王族であるヒューランだろうと底辺に転がり落ちる事もあり得るし、奴隷上がりのヒスイが王になる事だって不可能ではない。
ヴィオルが去った後の玉座には、ヒューランが座るだろう。
ヒューランがいちばん信頼している従者がヒスイだ。
ヒューランが王になれば、ヒスイの地位も確たるものになる。
そして、信用しきったヒューランの隙をつく――……
ハイネは真っ青になった。震えが止まらない。
あの飄々とした人の好さそうな男が、もし裏の目的のためにヒューランに近づいていたのだとしたら。
ヒューランは恐らく気付いていない。
それどころか、重要な選択をヒスイに委ねている面もある。
「そ、そんなまさか。
だってヒスイ兄ちゃん、あんなんでも結構うちの面倒見てくれるし、ヒューランだって、ずっとヒスイ兄ちゃんを信頼してて……」
言い聞かせるように言い訳を並べるが、アガーテは薄く笑ったまま。
「昔からそういう男なのよ、あの人は。
元々彼は、ヒューランが生まれる前まではヴィオル派だったわ。
そして、本来ならヒューランの世話役はメノウになるはずだった。
でも、ヒスイはある日突然ヴィオル派から離れて、ヒューランの付き人になった。
その空席にメノウが代わりに配置されたの。
……ヒスイは、王族や貴族が大嫌いだから。
ヴィオルが消えてヒューランが王になる日を待って……
その後のエレミア家を潰すつもりで動いているんだと思うわ。
メノウをヴィオルの傍につけたのも、私を盾にして余計な事をさせないようにするため。
――メノウも、気付いていたけど成す術がなかったの。
ヒスイの思惑通り、私が枷になってしまったから」
あれだけ兄を心配していたのに?
ヒューランの即位を全力で支えているのに?
――こうしてハイネとアガーテを会わせたのに?
「……ヒスイ兄ちゃんは、うちとアガーテさんが会えば、アガーテさんが勇気出せるって。
そしたらおとんが……メノウって人が、ヴィオル王と戦ってくれるかもって。
その後は……?」
「きっと、私とメノウを二人揃ってどこかに追いやるつもりなんでしょうね。
私をやるから、もう兄貴は口を出すなって事よ」
開きかけていた何かが、ゆっくり閉ざされたような感覚。
どんな顔で仲間達のもとへ戻っていいかわからなくなった。
だが、これだけは言える。
――ヒューランに知らせなければいけない。
「うちは……
ここに来ない方が、よかったんかな」
震える唇が呟く。
だがアガーテは温かな人差し指でその唇を封じた。
「いいえ。とても幸せな可能性を見られたわ。
ヒスイの目論見に嵌るのは嫌だけれど……
それでも私は、愛する人と結ばれたい。
“あなたとまた会いたい”」
そう告げるアガーテの瞳は、はっきりと輝きを取り戻していた。
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