部屋は真っ暗だった。
照明器具は十分すぎるほど整っている。
あえてつけていないようだ。

「せめてもの抵抗みたいなものね。
この部屋の中で、余計な資源は使いたくないの」

そう言いつつ、彼女は温かい紅茶を差し出した。
曰く、これは『必要経費』だそうだ。

「それで、結局あなたは何者なの?」

「うち、は……――」

あなたと、あなたが愛する人との娘です。

――信じてもらえないかもしれないけど。



そう不安に思いつつも様子を窺うと、アガーテは持っていた紅茶のカップを震わせた。
みるみるうちに、青い瞳に雫が浮かぶ。

「……嘘、あなた……
あなた、私の娘なの?」

「そうです」

「私と、――メノウの?」

「……はい」

ボロ、と涙が零れ落ちた。
ハイネは慌てて自分の鞄を漁り、ハンカチを差し出す。

「や、……ごめんなさ、私……」

「信じて……くれるんですか?」

「もちろんだわ。
だって、私の子……なんでしょう?」

くしゃりと歪んだアガーテの顔。
我ながら自分とそっくりだ、とハイネは納得する。

「あの人と結ばれた世界があるなんて……。
すごく、すごく羨ましい。死ぬほど羨ましいわ。
しかも、こんなに可愛い娘まで?
髪の色はあの人、目の色はきっと私ね……」

ここまで無償の愛を直球で向けられた事があっただろうか。
照れくささに、ハイネは頬を染める。

「私、子供大好きなの。
でも旦那との子は……宿ってくれなくて。
あなた、きょうだいはいないの?
もし私が彼と結婚できたとしたら、子供は大勢欲しいと思ってたんだけど……」

「……うち、もう両親いないんです。
おかんはうちを産んですぐ死んじゃったし、おとんも仕事で……」

嬉しそうな顔だったアガーテが一転、悲しげな色を差す。

「それじゃああなた、……お母さんの事、あまり知らないのね?」

「はい。写真で顔は知ってる、ってくらいで」

アガーテは紅茶を手元に置き、おもむろに立ち上がる。
ハイネが座るソファに一緒に座ったかと思えば、ふわりとその肩を抱いた。
突然の事に、ハイネは固まってしまう。

「きっと、“そっち”の私もこんな風にしてあげたかったと思うわ……。
なんて素敵なのかしら。夢みたい」

ハイネは母親の温もりを知らない。
それでも、胸を締め付けられるような気持ちが、大粒の涙を押し出した。
温かい手はハイネの髪を愛しそうに梳く。

「……ひょっとしてヒスイに言われて来たのかしら」

わかるのか、と顔を見上げると、アガーテは少し複雑そうに目を伏せていた。

「あの人、やっぱりそうなのね。
自分の目的のためなら、こんな年若い子でも平気で使っちゃうの」

「ヒスイ兄ちゃんの、目的……?」

「ヒスイは、――“王になりたい”んだと思うわ」

ドクン、と心臓が重く打たれた。



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