くんくん、と犬のように鼻を鳴らす美人を眺めるのは微妙な心境だ。
しかも街路樹や城壁など、所かまわずである。
通りすがりに哀れむような目を向けられたかと思えば、いつの間にか奴隷商人の気配さえ消えていた。
「全然匂わないなー。もっとお城に近づかないと」
「えぇっ、危なくない?」
「屋根の上から行こう!」
そんな無茶な、と言いかけたところで、シエテに担がれて宙を飛ぶ。
この場にヒューランがいたら顔をしかめていただろう。
屋根の上に立つと、王都が眼下に広がる。
諍いなど考えなければ、美しい街だ。
日が沈み暗闇が深まると、城が一斉に照明をつけた。
それを合図に、城下町も波のように次々と点灯していく。
思わず息をのむ光景だったが、ふと城に目をやれば、離れの屋敷だけ真っ暗なままである事に気付く。
無駄なほどに明かりを惜しまない城の一部であるはずなのに。
「シエテ、あそこ行ってみよ」
「フフ、匂うかもね~?」
人目につかない陰を選んで移動し、その屋敷に近づいた。
入り口の見張りは厳重だ。
何かを守っているようにも見える。
死角を渡り歩いて屋敷の裏手に回り込むと、何かを察知したシエテが「あっ」と呟いた。
同時に、頭上で窓が開く音がする。
慌てて植木の後ろに隠れてゆっくりと見上げると、女性が一人、窓を開け放ったところだった。
ブランディアでは珍しいブロンド髪で色白の女性。
――ハイネは目を見開いた。
「匂う、匂うよ~。
あの人ハイネと同じニオイだ」
「……あれが、うちの――」
ハイネは思わず立ち上がった。
草が擦れる音がする。
その微かな音に気が付いた碧眼が、静かにこちらを見た。
「まぁ……」
窓から身を乗り出す彼女は、小さくそう呟く。
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