冷たい刃が肌に少しずつ食い込む。
このままその柄が引かれれば、ハイネは致命的な傷を負って倒れるだろう。

死ぬ。
ここで死んでしまう。

――怖い。

レムリアの手には、最善案が握られている。
彼の言う通りに情報を渡せば、この世界から、恐怖から、早く逃げ出せる。
それでも、自分の世界はおろか、自分を見送ってくれた仲間達がいる世界を売るなんてことは、できない。

「れ、レムリアさんは……、何のためにこんなことしとるん?」

「そうですね……。
端的に言えば、“世界を創る”という感じでしょうかね」

世界を創る?
何かの冗談に聞こえるが、レムリアの瞳はどこまでも澄んで見える。
底が見えないほどに。

「言いましたでしょう。私も他の世界から来た、と。
私は探しているのですよ。より優れた文明というものを。
ですが世界とは有限の資源で構成されている。いずれは行き詰るものです。
資源が朽ち果てたら、その世界は滅ぶ。せっかく築き上げた文明もろとも、です。
そんな惜しいことがありますか?
だから、“移る”のですよ。また新たな資源に満ちた世界へと」

でも、世界達には枷がある。
同一の存在は共存できないという理が。

「なので、その世界の先住民は一掃しておきませんと、ね。
劣る文明は淘汰される。優れた文明がその地へ移り、そしてまた別の文明を持つ世界との優劣を競う。
そうして生き残った文明は、どれほどの可能性を秘めていることでしょう。
――私はそれが見たいのです」

だから、手始めに黒の国を滅ぼした。
邪なる者という、何よりも強力な兵器を使って。

ハイネの脳裏に、6年前の光景が過る。
あれは、“私達”が淘汰される一歩手前の出来事だったのか……――

「で、でも!
レムリアさんにとっては劣ってる世界だったとしても、未来なんかわからないよ!
もしその世界が、実はスッゴイ発明をしたりしたら、芽を潰すことになるんやで!」

「生憎と、私は堅実なタイプなのです。
“突然変異”を期待して実験を重ねるのは、些か非効率ですね。
とはいえ、ですが」

こつ、こつ、と近寄り、レムリアはハイネの瞳を覗き込む。

「“貴女の世界”が突然変異を起こしたという事であれば、それは奇跡ではなく十分に事実であり得る。
もしそうなのだと仰るならば、私はどうしても貴女の世界の情報が欲しい。
どんな手を使ってでも、です」

する、と細い指先が伸びてくる。
静かに零れ落ちている恐怖の雫を拭おうとした手前、――銃声が響いた。

「それ以上そいつに近づくな!!」

キン、とナイフが弾かれ、赤い雫と共に落ちて床を叩く。




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