「所長、この少女は――」

言いかけたクラインを押しのけ、ハイネは机に駆け寄りバンバンと机上を叩く。

「そっちが呼んだくせに、いくらなんでもいきなり投獄はないやろ!!
どう落とし前つけてくれんねん、レムリアさん?!」

「あはは。まぁちょっとした余興だと思えば」

「全っ然笑えへんわ!!」

立ち上がったレムリアはいくつかの書類の束を抱き、ハイネとクラインについてくるよう目配せする。



連れて来られたのはさらに下層の階だ。
ガチャガチャと不気味な金属の音が響く以外、人の気配はない。

その音の出所は、ズラリと並んだ牢の中に押し込められた真っ黒な化け物達だった。



「な、なにこれ……」

ひゅっと青ざめたハイネ。
振り返ったレムリアは薄く微笑んだまま。

「この者達に学術的な名前はありません。
強いて言えば……“邪なる者”、ですかね」

真っ赤な目達の凝視を全身に浴びる。
禍々しい吐息が肌に触れ、心臓がキュッと絞られる気分を味わう。

「こ、こんなにたくさん、どうして……」

「私に言わせてみれば、モルモットのようなものですよ。
少々場所をとりますがね」

淡々と説明するレムリアに底知れぬ不気味さを覚える。
ハイネは思わず傍らのクラインを見上げたが、彼は口を閉ざしたまま上司の歩みに合わせていた。

「この者達はエネルギー源に等しい。なんせ膨大な魔力の塊ですから。
1体だけでも、通常の人間の数百倍は大きい魔力回路を持っている。
さながら兵器のようです。国1つ滅ぼすなど容易いこと」

「……ま、まさか、黒の国は……」

「さすが、察しがいい。
更地にしたのは紛れもなく我々学会ですとも」

どうしてそんな事を?
その疑問を口にする前に、レムリアは抱いていた書類をハイネに差し出した。
どうやら何かの調査書のようなものなのだが、専門用語が多くてハイネにはよくわからなかった。
ただ1つ、見覚えのある数字の羅列以外は。

「これ……座標……」

「ご名答。これは、我々が見つけた“並行世界”の位置を示す座標です」

「こ、こんなに……?!」

「そうです。どれもこれもすべて、“貴女”という枠がある世界。
言ったでしょう?
私は貴女に何度も会ったことがあると」

そしてこの書類達は、かつてレムリアが会った“ハイネ”達が残していった道標のようなもの。

「世界を渡る旅は危険が伴う。
貴女とて、この世界に望んで来たわけではない。単なる偶然で辿り着いた場所でしょう。
次に渡る世界の安全の保障もない。もしかしたら、そこは貴女を次の世界に送り出せるほどの科学力を持っていないかもしれない。
となれば、そこで貴女の旅は終了です。
貴女は死ぬまでその世界に囚われることになるのかもしれない。
いかがですか?」

確かに、その通りだ。
今までは運よく似たような世界を渡ることができていたが、次もそうとは限らない。
もしかしたら、人類がまだ誕生していない世界に送り込まれることだって、可能性はゼロではないのだ。
そうなってしまっては、もうハイネ1人ではどうしようもない。

レムリアが持つ情報は、かつてのハイネが渡ってきた世界の座標。
つまり、ある程度の文明が約束された世界というわけだ。

いわばこれは地図である。

「取引をしたのです。“貴女達”と。
ハイネさんには、元々いた世界の座標を教えていただく。
そして我々は、これまで集めてきた“貴女の世界”への座標と、移動するための魔力を提供する。
貴女は安全に世界を渡れる。我々は他の並行世界の座標を知ることができる。
ここにいる邪なる者達は、貴女のための動力なのです」

そして、かつてここを訪れた“ハイネ”達は、その取引に応じて座標と魔力を受け取り、世界を渡った。
レムリアが持つ書類の数だけのハイネがそうしてきたのだろう。

「悪くない提案だと思いますが、どうですか?」

ハイネは俯いた。
取引に応じれば、すぐにでも世界を渡れるだろう。

それでも。

「ねぇ、レムリアさん。
ここにいる邪なる者ってさ……
――どうやって作った?」

答えはない。
見上げた先のレムリアの顔は微笑んでいた。
言わずともわかるでしょう、と。

「邪なる者の媒体は、やはりヒトに限ります。
そこらの動物ではそもそもの魔力回路が小さすぎる。
コストパフォーマンスが悪いのですよ。
やはり、長年継承されてきた美しい魔力回路を持つ種族でないと、ね」

ハイネは、渡された書類を静かにレムリアへ返した。
受け取った書類を再び胸に抱き、彼は肩を竦める。

「答えはノー、ですか。
それは良心ゆえの判断でしょうかね」

「……確かに、うちは早く元の世界に帰りたいよ。
でも、誰かを犠牲にしてまで、自分のことだけ考えるなんて、できへん」

「貴女には無関係の世界ではありませんか。
いずれは離れる場所。忘れ行く存在。
そんな人達を哀れむのですか?」

「わかってる。一方通行だって。
でも、この世界の人達だって“生きてる”。
できないよ。糧になんて……」

「交渉決裂というやつですかね。
まぁ初めてではないので、安心してください。
それもまた、貴女の選択です。
……しかし」

ハイネの首筋に冷たい感触が走った。
――その元凶は、クラインが持つナイフだ。

「聞いてしまったからには、そう易々と見送ることはできません。
その立派な志に殉ずるか、“次の貴女”の糧になるか……。
どちらを選びますか?」




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