暫定的な人攫いの犯人は、ダインスレフに来いと言った。
真に受けていいものか悩んだが、他に手がかりがないために、言う通り進むことに決める。
ハイネ達一行は聖都を出て西へ向かう。
ハイネの世界では黒の国の玄関はホグニという近代的な都市だったが、この世界ではどうなっているのだろう。
雪道が泥の道へ変わり、空気が乾燥してくる。
相変わらず濁った空の国だが、不思議と空気はそこまで淀んでいないようだった。
「うちの世界のダインスレフはめっちゃ汚れた国だったんよ。
ここはそうでもないね?」
「住民がほとんどおらんのや。いてもチンピラが路地裏に数匹、ってか。
ワイもよぉ知らんなぁ。国が滅びたのは、もう30年は昔の話やし」
こんな何もない広いだけの土地に『学会』の本拠地があるのだろうか。
何かやましいことでも企んでいて、人里から距離を置いているようにも見える。
泥の道をしばらく歩いていくと、地面のところどころに不自然な山や谷が存在していることに気づいた。
ホグニはおろか、そもそも目印になりそうな街もなく、ダインスレフまでの道のりがわからない。
「うーむ、私は黒の国の地理にはそこまで明るくないのだ。
ヒスイとヒューランはどうかね?」
「同じく。というか、この国に詳しいやつなんざ世界中見ても一握りやろ」
「地図でもあればいいのだが……」
――地図。
ハイネは思い出したように鞄を漁る。
引っ張り出したのは、アキにもらった地図だった。
それを見たアメリは仰天する。
「な、な~~?!
はははハイネ!! 君は地図を持っているのか?!」
「うーん。でもコレ、前の世界のヤツなんよね。役に立つかなぁ」
仲間達は興味深そうに地図を覗き込む。
まるで絶滅危惧種でも見たかのように目を輝かせて。
「そんなに珍しい?」
「珍しいも何も!!
この世界には大陸全てが記載された地図など存在しないのだぞ!!
ほうほう、これが碧の国で、これが白の国で……」
この世界ではどのように地理を把握しているのかと問えば、口を揃えて『勘だ』と答える。
方向感覚と記憶だけを頼りに移動しているというのか。
あまりにも原始的なやり方に、ハイネは思わず天を仰いだ。
「え、皆?
王族とか貴族とかも?」
「うむ。国内の土地だけならば、高価ではあるが有志が作った地図が存在する。
各国の地図を組み合わせれば『世界地図』になるのだろうが、皆揃って手の内を明かそうとしないのだ。
だからいつまで経っても世界地図が完成しない」
「どの国も、わずかでも関係に歪みが生じれば戦争状態になってしまう。それがこの世界だ。
だから自国の地理は自分たちにとっては強力な武器であり、そして決して漏らしてはならない最大の弱点でもある。
……しかし驚いたな。これが世界地図か……」
「前の世界の、やからな。
こことそこまで大差ないみたいやけど、100%正確ってわけやないし」
「その端っこの破れとる部分は何なん?」
「あぁ、これは……」
うちの命の恩人だよ、と笑う。
「しかしまぁ、こりゃあトンデモなお宝やな……。
そこの湖、地図のココやろ?
こんな細かく載っとるなんて、どの国の王もこぞって買いたがるで」
ハイネの世界では、アンリが1人で世界中を歩き回って地図を作っていた。
前の世界でも、この地図の本来の持ち主はアンリだ。
となれば、この世界でも彼が地図を作っていそうだが――
(子育てとお仕事、忙しいのかもな……)
どことなく晩婚の気配がする自分の世界のアンリには感謝しておいた方がいいかもしれない。
前の世界の地図を頼りに歩を進める。
よくよく見渡せば、街の残骸らしき廃墟も点在しているようだ。
かつては栄えた国だったのかもしれない。
瓦礫に引っかかる国旗らしきボロボロの布が、乾いた風に押されて空しく靡く。
しかし、ある程度栄えていたであろう国が、主君を失くしただけでここまで転落してしまうものなのだろうか。
ハイネは違和感を覚えたが、仲間達は首を傾げるだけ。
「……あるいは、何か強大すぎる力に屈したのかもしれない。
それこそ、俺が倒してしまったあの『邪なる者』のような存在に」
“学会が邪なる者を造っている”。
ふと、そんな考えがハイネの頭を過る。
あれほどの化け物を大量に放てば、国1つ滅ぼすなど容易いだろう。
一時は世界の崩壊さえ垣間見たハイネだ。
でも、だとしたら何故学会はそんなことをするのだろうか……。
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