あぁ、また“彼”は命を落としてしまった。

間に合わなかった。
アクロを止めてさえいれば、彼は助かった。

――そして今際の彼に手を差し伸べて、問うた。

君への償い。君は一体何を望むのかと。
消えゆく魂は1つだけ未練を抱えていた。

「帰れんかった。娘に嘘ついてもうたわ。まだちっこいのにな。
守ってやらなあかんのに」

それなら、私が代わりにあの子を守ってあげよう。
ずっと君に守られてきたのに、ロクに報酬も出せなかったからな。

――それを聞いた彼は、どこか安心したように、そっと眠りに落ちた。



「だから私は、君に並行人格と反発する力を与えた」

「い、いつの間に……」

「君がいずれ世界を渡り歩くことなんか、6年前にはもう知っていた」

ハイネが世界を渡れば、そこにいたハイネは別の世界へ飛ぶ。
壮大な椅子取りゲームのようだ。

「あれ……でもうち、今の世界に来たのは自分の意思だったはずやけど」

「世界に数多存在する“ハイネ”の中でも、君がもっとも強い力を持っているのさ。
君を守りたかったというこの願いは、正しく、君が亡くしたあの父親の願いだ。
だから、君が移動すれば他の“ハイネ”はどこかへ飛ぶ」

「それって、うちのせいで“他のうち”が大迷惑してるんじゃ――……」

「なに、君が元の世界に腰を落ち着かせれば、自ずと全員元に戻るさ。
だからなるべく早く帰ることを勧めるぞ、ハイネ!
ふはーっはっはっは!」

どこかで聞いたような高笑い。
呆れたような、嬉しいような、複雑な気持ちの苦笑いがハイネに顔に浮かぶ。

「君には大きな愛が味方についている。この意味が、わかっただろう?」

時には恨んだこともあった。
蔑ろにされたと誤解したこともあった。
でもやっぱり、大好きな父親だった。

旅人は手を伸ばし、ハイネの頭にポンと乗せた。

「……無知のまま無邪気に手折る花と、生ける術を知った上で摘む花とは、似ているようで全く違う。
さぁ、そろそろ出発の時間だ。君が出した結論が正解なのか、見せてもらおうじゃないか」

「任せといて!」

久しぶりに、心の底から笑顔を作った。

「――そんじゃ、ちょっと世界救ってきますわ!」




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