ハイネは、世話になったミストルテイン城を出る。1人で、だ。
ヒューラン達は今後の予定を話し合っている。その隙に、城を出た。
別れの挨拶くらいはしたかったが、これ以上彼らと関わる勇気がなかったのだ。
また自分の旅に彼らを巻き込んで、あらぬ道に逸れてしまっては耐えられない。
レムリアが言う通り、黒の国へ向かう。
そこに何が待ち受けているかわからない。
でも“他の自分”もそこへ向かったのだろうから、“自分”にだって辿り着けるはずだ。
萎んだ心をなんとかそう奮い立て、ハイネは街道へ踏み出す。
「おーい、待て待て待てー!!」
後ろから馬が迫ってくる。
その猛然とした勢いに「うわぁ」と飛び上がって振り向いたハイネは、白馬に乗ったアメリの姿を見た。
「待ちたまえよ、ハイネ!!
どこへ行くのだっ!!」
「ど、どこって、次の目的地に……」
「サヨナラもナシか?! あんまりではないかぁ!!」
自国の王女が護衛もつけずに王都を馬で駆け抜ける様に、周囲の王都民はポカンとしている。
否応なく目立ってしまうに決まっている。
周りから刺さる視線が恥ずかしくなり、ハイネはアメリに馬から降りるよう懇願する。
「グランが、君がこっそりと城を出る姿を見たと私に教えてくれてな。
まさかと思って追いかけてきてみればこれだ。
どうして黙って出ていくようなことを?」
「そ、その、お礼もロクに言わんくてすまんかったとは思っとるよ!
ただちょっと、急いでて……」
傍の切り株に腰を下ろした二人。
気まずそうに笑うハイネを、アメリが怪訝そうに見つめてくる。
「……の、わりには、いやに足取りが重そうな後ろ姿であったぞ。
ひょっとして我々に言い難い面倒な案件でも背負ってしまったのか?」
自分はそんなにわかりやすい人間なのかと嘆きたくなるほどの図星である。
ここまで見通されてしまったら、もう隠しても仕方がない。
「実は、黒の国に行くんや。レムリアさんに言われて」
「レムに?」
ますます訝しげな顔つきになるアメリ。
まだレムリアの本性を知る者はハイネ以外にはいない。当然の反応だろう。
「あんなスラム街にハイネほどのいたいけな少女が単独で向かうだなど!
この私の騎士道に反するではないか!!
私も同行させてくれないか?」
(アメリも大して年変わらんやろ……)
そんな内心の切り返しを飲み込むが、その申し出はとても嬉しかった。
でも、だからこそ彼女を巻き込むわけにはいかないと思った。
「嬉しいけど、危ないかもしれんから。
アメリは王女様やろ?」
「なら、ヒューラン達も連れて行こう。
彼らは実戦に慣れている。優秀な護衛になろう?」
「だ、だめだってば。ヒューラン達は忙しいんだか――……」
「つれない小娘やなぁ。一言声くらいかけてくれりゃえぇのに」
ぎょっとしてハイネとアメリは振り返る。
背後にいつの間にかヒスイがいたのだ。木陰には遠慮がちにヒューランもいる。
「うぇ、なに、聞いてたん?!
盗み聞きなんてひどいわぁ!!」
「いやいや、我らが殿下の地獄耳やで。
ハイネの悲しそうな声がする~!!ってな?」
「おいヒスイ、おちょくるな……」
若干赤面したヒューランが珍しく不機嫌そうにヒスイを睨んでいる。
――もちろん、ハイネとアメリにはそれが何故なのかわからない。
「んで、黒の国やっけ?
ちょうどえぇ。ワイらは白の国に向かうんや。方向同じやろ?
途中まで一緒に行ったるわ。なぁ、殿下?」
コクリ、とヒューランは頷く。
「白の国……?
あっ、そっか、ヒューランの妹の……」
「あぁ。イザナを助けに行く」
ジストからの支援の約束を取り付けた今、ヒューランは血を分けた唯一の肉親、妹のイザナ姫を連れ戻しに行くのだという。
その命がまだ尽きていないと信じて。
「ほんじゃ、出発しますかっと。
アメリ姫はどうする?」
「もちろん私も行くぞ!
……と、その前に母上に挨拶をしてくる!
少し待っててくれ! 私をおいていくんじゃないぞー!!」
再び白馬に跨り、アメリは城へと戻っていった。
結局、皆ついてきてくれるという。
なるべく干渉しないようにと心を決めたつもりだったのだが、1人で進むには遠すぎる道だったのだ。
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