「犬の名前は?」
「カルちゃんって言いますです」
「どんな由来が?」
「えぇと……何方かのお名前からとったと思いますです。
覚えていないのですけれど」
「そうですか。
……じゃあ、国王陛下についてお聞きしたく――」
「ジスト様です?!
ユーディアの旦那様には勿体ないくらいの素晴らしいお方なのです!
優しくて凛々しくて、気高くて……」
「……はい、もうそれくらいで、お腹いっぱいです。げふ……」
医師と患者の一問一答。
もっとも、患者の方は、夫に関して語り出すと日が暮れてしまうのだが。
「今日はもうこれくらいで。お薬はいつもの出しておきます。
ウワサのダンナサマを呼んできてくださいますかね」
「先生、いつもありがとうございますです。
ユーディアは先生のおかげで、もうすっかり元気なのですよ」
「まぁ……仕事なんで」
子ウサギのように身軽に部屋を後にしたユーディアの代わりに、国王がやってくる。
「やぁ、カイヤ。いつも世話になっているよ。
おかげでユーディアもあんなに元気に……」
「同じことご本人に聞きましたので。
あと、それやめてください。私、“アナタと”お話ししたいんですよ」
「んん?! あ、あぁ、そうだな」
自信ありげだった表情が、急に弱まる。
そう、これが本来の“彼”。――『カルセドニー』、もといカルセである。
「……はい、これでいい? 僕だよ、この通り」
「本当に、一生続ける気ですか?
その、姫様のマネ」
「たぶん……。だって、今までのジストを知ってる人が、こんな情けない僕の人格を見たらどう思うか」
「心境の変化とか、なんか適当に理由つけていいと思いますけど。
実績はあるんですから、多少人格が迷走したくらいで王都民は何とも思わないでしょうよ。
文字通りお花畑の国ですし」
「手厳しいな……」
それで、と医師――カイヤは改めて椅子に座りなおす。
「ユーディアさんですけど、相も変わらず。記憶障害は残ったままです。
アナタを姫様だと思い込んでいて、ご両親のネグレクトや惨殺の記憶もまるでない」
「……治るのかな?」
「治したいんですか?
だったらもっと荒療治でいきますけど。私、治すと決めたら容赦しませんよ?」
待って待って、とカルセは慌てふためく。
「ユーディアが悲しむのは嫌なんだ。
あの子がああやって、毎日を幸せそうに生きていてくれさえすればそれでいい」
「たとえその結果、アナタではなく姫様を愛しているのだとしても?」
「うん。それでいい。あの子が望むまでは、そっとしておいてあげたいんだ。
ご両親の……ううん、フロームンドの人たちのあんな姿とか、――僕自身の“あんな姿”は、忘れていた方が幸せだろうって」
「まぁ、いいですけど。アナタがそう望むなら。彼女は知りませんけどね」
ふう、と一息ついてからカルテを鞄にしまったカイヤは、腕を組んで身を乗り出してくる。
「で、今日の私は“あんな姿”についてアナタにお聞きしたくてわざわざここまで来たんですよ」
「あぁ、道理で。
往診にしては日にちが早いなって思ったから」
「ずばりお聞きしたいんです。
アナタが“邪なるもの”に堕ちた時について」
「……え? なんで今それ聞くの?
ひょっとしてまた……?」
「いえ。別案件で、ちょっと気になったことがありまして」
詳しくは企業秘密です、とカイヤはニヤリと口元を歪める。
一国の王をこれだけで怯ませる一般人は彼女くらいなものだろう。
困ったように眉尻を下げるカルセだが、彼女の情報収集におとなしく付き合うことにした。
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