ヒューランの世話をヒスイとアメリに託し、ハイネは自室へと戻る。
いろいろと整理しなければいけない。

長らく死んだと思われていたクレイズが魔物になり果てていた事。
これまで一体どこに囚われていたのか、いつから魔物になってしまったのか。
そして彼は言っていた。

“唯一の友人に裏切られた”と。

ひゅっ、と呼吸が引っ込んだところで、コンコンとノックの音が響く。

「ハイネさん、私です。レムリアです。夜分遅くにすみません」

見透かしたようなタイミングで訪れた客に、ハイネは真っ青になる。
部屋にいる事はもうバレている。無視などできるはずがない。
恐る恐るドアを開けてみると、変わらぬ微笑みを湛えたレムリアがそこにいた。

「あの、うちに何か……?」

「件の魔物のことで、少々お伺いしたくてですね」

拒否する隙も与えず、彼はスルリと部屋の中に入ってきた。
後ろ手に扉を閉めると、不自然なまでの微笑みがハイネの内に焦りと恐怖をのさばらせてくる。

一体何を聞かれるのかと身構える彼女を座らせ、レムリア自身も近くの椅子を引き寄せて腰を下ろした。
空虚な藤色の瞳がチラリと空の花瓶を捉え、更にハイネを縮み上がらせる。

「ははは、とって食おうというわけではありませんから、どうぞリラックスして」

気を抜いたらまた無意識に何かを暴露してしまいそうだ。
ハイネはヘラヘラと笑いながらも、自分の中の警戒心という軸に掴まっておくことにした。



「さて、本題なのですが。
偵察兵達によれば、どうにも貴女には魔物の声が聞こえているように思えた、と。
それは本当ですか?」

魔物が直接口を開いたわけではない。頭の中に響いてきただけだ。
それを“声が聞こえた”と表現していいものか悩んだが、正直に頷いた。
得体の知れないレムリアの内心を暴こうと、ハイネも慎重に彼の機微を読み取ろうと試みる。

「“彼”は貴女の懐中時計を狙っていたとの話ですが……何故なのでしょう?
差し支えなければ少々拝見したいのですが」

「それは、ちょっと」

断られるとわかっていたのか、レムリアは素直に引く。
てっきり無理矢理にでも奪われるのではないかと恐れていたが、彼にその気はないらしい。
その点については胸を撫でおろしたが、射貫くようなその瞳はハイネから外れない。

「あぁそうだ。ハイネさん、貴女はどうやら錬金術の心得があるようで。
あの大きな魔物さえも眠らせる薬が作れるとは、優秀ですね」

「そ、そんな、あはは。簡単な薬ですし」

謙遜のつもりでそう笑ってみるが、途端に自分は“言ってはいけないこと”を自ら言ってしまったことに気づいた。

「簡単、ですか。
あの百合にその作用があることを知っているのは、世界でも私だけ……だったはず、なのですがね」

文字通り凍り付いた。

これほど城中に並べられておきながら、誰一人その幻覚作用について指摘しなかったのは確かに違和感がある。
ハイネの世界では中等科の学生が作れるような薬でも、この世界ではそうとは限らないのである――……。

「さて、ハイネさん……。
貴女は一体、“どちらから”いらっしゃったのですか?」



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