魔物は討伐された。

その正体がヒトであったことに動揺が走るも、ひとまずは解決である。
薬で眠ってしまったヒューランを抱え、クレイズの遺体とともに王都へ運ぶ。
その日のうちにカレイドヴルフの魔法学校へ通達が行き、身支度もろくにしていないカイヤと付き添いのアンリがミストルテインに駆け付ける。
クレイズが安置された部屋からは、一晩中箍が外れたような泣き声が響いた――……



ヒューランを止められなかった。
あと一歩決断が早ければ、クレイズは助かったかもしれない。
眠り続ける彼の顔を見つめて、ハイネはため息をついた。

「やぁ、ハイネ。気分はどうだね?
温かい紅茶を淹れてきた。気分転換になるかと思ってな」

アメリがティーカップを差し出す。
ありがとう、とそれを受け取り、一口飲んで息をつく。

「ヒューラン、大丈夫かなぁ……」

「医師によれば、気の済むまで眠らせておけば自然と目覚めるそうだ。
君の薬の効力もそうだが、どちらかというと宝剣を使ったための魔力の消費の方が影響しているらしい」

ハイネの隣に椅子を引き寄せ腰かけたアメリは、自分のカップにも茶を注いで喉を潤す。

「……アメリは、宝剣に詳しいん?」

「いや、ただの教養止まりだ。
私もいずれ母上の宝剣を受け継ぐかもしれない。だから予備知識があるだけだ」

この世界には5つの宝剣がある。
それぞれの王都の名の由来となった伝説の剣だ。
宝剣自体の能力は秘匿されており、剣を受け継いだ者のみがその全容を知る。
ヒューランも王家の末裔ではあるが、現王のヴィオルとは敵対する仲だというのに、彼から宝剣を受け継いだと考えるのは奇妙である。

「はいはい。ワイの主はよぉ寝てます、と」

ヒスイだ。
凝った肩を回しながら、ヒューランの寝室に入ってくる。
ジストへの報告と報酬の約束を取り付けてきたのか、心なしか晴れやかな顔である。

「んで、宝剣の話か。こいつは話すと長い。
だがまぁ、スヤスヤ寝とる当人を待っとる間の暇つぶしにはなるか」

近くのソファにドサリと豪快に座った彼は大きなため息を一つ。

「宝剣ブランディアをなんでヒューランが持っとるか。
――端的に言えば、ヴィオルから“盗んだ”んよ」

あぁ、やっぱり、とハイネやアメリは肩を竦める。

「ブランディアでは王家の指輪を持つ奴が王を名乗る。
つまり、ヴィオルから指輪を奪ってヒューランが手にすりゃ、ヒューランが王になる。
しかしさすがにそいつを奪うのは骨が折れる。
せやったら、宝剣を奪ったろ、ってな。だからこの宝剣を奪ってワイらは国を出た。
指輪ほどの影響力はあらへんけど、国の宝が持ち出されりゃ民衆も黙っとらん。
そんでその剣がヴィオルを斬る日がくりゃ、ヒューランは英雄視される。
本人はいい迷惑みたいやけど、叛逆の王ならそれくらいのパフォーマンスはせんとな。
ブランディアの連中はデッカい“シナリオ”が大好きやさかい」

あの国は盛り上がることを好む。
人生のどん底から這い上がる闘技大会も然り。

「でも、宝剣使ったヒューランはなんかヘンやったで。あれ、何なん?」

「そう。それが誤算やった」

手にするまでその力の正体がわからない宝剣。
赤の国に伝わるブランディアは、その柄を握った者の理性を消し去り、闘争心を宿すのだという。

「ヴィオルが王位を継いで調子こき始めたのも、たぶんこのブランディアに触れたせいや。
この剣はヒトを狂わせる。だからヒューランには極力使わせとうない。
こいつまでおかしくなってもうたら、赤の国はお先真っ暗やて」

もちろんヒューランもその事はわかっている。
それでもなお宝剣を引き抜いたのは、故郷を救う事に繋がると判断したからだろう。

「なんや、ガッツリ魔力も食われてもうて。
こりゃ当分目が覚めんかもしれんな……」

――ユリの薬の効きすぎもあるだろうし、ね……。

あの睡眠薬が通常よりも相当強いものだったとは、とても言い出せなかった。
せめて穏やかな夢の中にいてくれるよう祈るばかりである。



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