ヒューランに連れられてヒスイの部屋に入ると、ヒスイ本人がベッドに横たわったまま呻いていた。
一見、寝苦しそうにしているようにも見える。

「なに、まだ起きてへんの?」

「俺もそう思ったのだが、いくら叩こうが蹴ろうが全然起きないんだ。
寝起きの悪さはよく知っているつもりだったが、ここまで起きないのは初めてでな。
どうやら少し熱もあるらしい。今、アメリが解熱剤を取りに行ってくれているんだが」

ふと、ハイネの視線がベッドの脇に移る。

「百合……」

「ユリ?」

言われて初めて気付いた、とばかりにヒューランは花瓶に目をやる。
ハイネの部屋に置かれていたものと同じようだ。

「あぁ、そういえば俺の部屋にも置いてあったな。
なんだか気味が悪くて、窓際へ退けてしまったが……」

「……ヒューランは、ヘンな夢とか見んかった?
マボロシとか……」

「いいや?」

「うちは見た。怖い夢。
……いや、アレは夢じゃなくて幻覚だったかも……」

ハイネはヒスイの肩を強めに揺する。しかし返事はない。
もう疑いようがなかった。ハイネは花瓶をベッドから遠ざける。

「お~い、諸君。解熱剤をもらってきたぞ。
といっても、ヒスイを叩き起こさねば飲ませることも難しいが……」

「アメリ!!」

およ?、と首を傾げるアメリの両肩をハイネはガシリと掴んだ。

「ねぇ、この黄色い百合っていつから飾られとる?」

「百合……?
あぁ、それか。レムリアの趣味だとかで、もう何年も飾られているよ。
最初こそ少々香りがキツいのではと思ったが、今はもうあまり気にならないな」

「これってカレイドヴルフ城にはあった?!」

「ない……と思うぞ。百合は父上が嫌がるのだ」

それを聞いてアメリを解放し、今度はヒューランの腕を引っ張り部屋の外へ出る。



「ど、どうしたんだ」

「ヒスイ兄ちゃんって、幻覚に弱かったりする?
ほら、魔法とかでさ」

「そうだな……得意ではないとは言っていた。
かくいう俺も他人の事は言えないのだが。
それがどうかしたのか?」

「あの百合のせいだよ。
……このお城、おかしい。城全体に幻惑の魔法でもかかってるみたいな。
たぶんアメリも、ジスト女王も、グラン王子も、あの百合で皆何かおかしなことになってる気がする。
アメリ、カレイドヴルフで会った時はもうちょっとハキハキしてたもん!」

「ヒスイもその幻惑にやられたというわけか。
一体誰が……」

「……今は、やめとこ。聞かれてるかも」

あの黄色い百合の香りが惑わせている。
ハイネが見た『黒い腕』も、その作用の一部かもしれない。

――もしかして、あの百合のせいで、レムリアに『旅人』であることがバレたのではないか?

「とにかく、まずはヒスイ兄ちゃんの幻覚を解かんと。
マボロシを見てる限り、解熱剤飲んでも意味あらへん」

「とは言っても、幻を解く方法なんてあるのか?」

「そらもう、部屋から引っ張り出すしかないわ」

「あの巨体をか」

「……まあほら、うちも手伝うから……」

部屋に再び戻り、目を白黒させるアメリを尻目にヒスイをベッドから引きずり下ろし、中庭へ向かう。




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