薔薇園の陰にヒスイを放り出す。
ヒューランは傍らの噴水から水を掬い、ヒスイの顔面に追い打ちのように叩きつけた。

「ぶはあっ!!
ななな、なにすんねん!!」

思わず飛び起きたヒスイは、ずぶ濡れの顔をキョロキョロ動かし何度が瞬きをした。
その様子がおかしくて、ハイネはケラケラと笑う。

「正しく寝耳に水やね。おはよ。気分どうよ?」

「あぁ、サイアクや。
胸糞悪い夢も見せられてウンザリよ」

「どんな夢を見たんだ?」

ヒューランの率直な問いにため息が返ってくる。
ご想像にお任せだ、とヒスイはぐしゃぐしゃと髪を掻きむしった。

慌てて追いかけてきたアメリは、一体何が起きたのかと眉をひそめる。
その表情は少し父親に似ている……かもしれない。

「アメリ、怒らんで聞いてほしいんよ。
……ミストルテイン城は、ちょっとおかしい。
カレイドヴルフ城にいた時と比べて、なんか感じない?」

「ううむ……。
言われてみれば、昨日帰ってきてからは何となく心ここにあらずとでもいうか。
自分で言うのも何だが、私は大雑把だ。しかしこの城にいるとそれが悪化するというか……。
細かいことはどうでもいいと思えてしまう。まるで頭に霞がかかったように」

「それは……お前の場合、この城にいる時はいつもそうなのか?」

「そうかもしれない。
……ハイネ、君に言われるまで、ここ数年一切気にしていなかったよ」

幸い、薔薇園の中は空気が澄んでいるようだ。
ベンチに腰掛けた4人は、そのまま今後についてを考える。

「例の魔物やけど。
……これは、あくまでもうちの予測。証拠もないし、皆には何のこっちゃって感じかもしれんけど」

あの魔物は、もしかしたら元々はヒトだったのかもしれない。
誰かが意図的にその姿になったのか、それとも誰かにそう“させられた”のか。
わからないが、その可能性はゼロではない。

そして気になるのは、レムリアが囁いた言葉。
魔物を“あの子”と表現する彼は、何か秘密を握っていそうだ。
だが彼に直接聞いたところで、また“惑わされる”だけだろう。

「魔物が、ヒトだと……?!
となると、これは倒して終わりというわけにはいかないのではないかっ?!」

「……道理で文献に載っていないわけだ。
もしハイネの言う通りであれば、あの魔物は1匹ではないのかもしれない。
まずいな。急がないと状況が悪化していく気がする」

「よぉわからんが、まぁ、百聞は一見に如かずってか。
……会いに行くか? その犬ッコロに」

頷く仲間達。その傍らで、ハイネは不安を覚える。
先ほど彼らには言わなかったが、彼女にはもう1つの予測があった。

“あの子”の正体。
今朝見た幻。助けを求める誰かの声。

そのすべてが繋がってしまう未来が迫っている、のかもしれない。




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