助けてくれ。

もう嫌だ。

いっそ死んだ方がマシだ。

殺してくれ。

早く終わらせてくれ……――



「うわあああッ!!」

文字通り飛び起きたハイネは、肩で息をして目を見開く。
心臓が落ち着いた頃に懐中時計を開くと、朝の5時だった。起床するにはいささか早すぎる。

「……夢か」

ドサ、と背中からベッドに倒れ込む彼女。時計を持った腕を投げ出し、もう片方の手で額を押さえる。

イヤな夢を見た。
夢と言えるのかはわからない。
声がしたのだ。誰の声でもない、でも誰かの声。
男性、女性、老若男女すべての声が混じったような。
だがその声の中に、思わず耳が拾ってしまう声があった。
どこかで聞き覚えのある、か細い男性の声。

蒼海のような瞳が天井をじっと見つめる。
木目が顔に見えて、歪んで……――

『たすけて』

「ヒイッ!!!」

またも飛び起きる。座ったまま後ずさりした。
顔のように見える木目が、誰かの顔をかたどる。
天井から、真っ黒な、細い男性の腕のようなものがヌルリと伸びてきた。
その手はハイネの鼻の先で宙を掻く。

彼女は枕を黒い腕に投げつけ、ズリ落ちた毛布に足元を掬われながらベッドから飛び降りる。
その反動でサイドテーブルに置かれていた花瓶がガシャンと鋭い音を立てて倒れた。
黒い腕はさらに伸びてくる。ハイネの背後を追うように、ズルズルと。

『歪む前の僕がそこにいる』

『それが欲しい』

『それがあれば戻れる』

『あの子のところへ』

『帰れる』

方々から声が囁いてきた。
恐怖のあまり懐中時計を握りしめ、そこでハイネは気付いた。

「そ、その声、まさか」

ドッ、ドッ、と鼓動を叩く胸元に懐中時計を抱え込む。

「いや、いや、来ないで、うわああああ!!!」

ドン!、と扉の向こうに転がり出た彼女は、目の前に立つ人影が誰かも確認せずに抱き着いてしまった。



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