真っ青に震えているであろう教え子を宥めて寝かしつけてから、カイヤはそっと通信を切る。
手元の走り書きを一瞥してからコーヒーを片手に席を立つと、同時にノックの音が響いた。
「カイヤさん、相も変わらず今晩も差し入れですよ」
アンリだ。
その手にはマオリが作ったであろう菓子や、作り置きの総菜がたくさん詰め込まれた袋を持っている。
「おや? 今晩はうたた寝していませんでしたか」
「え、えぇ、まぁ。ちょっとハイネさんから通信が入っていたので」
決まりが悪そうに視線をうろつかせてから、カイヤは思い出したように自分のメモをアンリに見せる。
「アンリ先生、邪なる者の事覚えてますか?
確か戦ったんですよね?」
「あぁ、そうですね。軽く2,30体ほどと。
で、そのメモ書きの絵は? タヌキです?」
カイヤは口に含んだコーヒーを噴き出しかけて、思わず胸元を叩く。
「ちーがーいーまーすー!!
ハイネさんが今追っているという未知の魔物です!!
顔がキツネみたいでー、体はウロコに覆われていて……」
アンリはもう一度メモ書きに目を落とすが、首を傾げるばかり。
「そういえば僕の故郷にこんな童話がありましてねぇ。タヌキが茶釜に化けるんですよ。
それとよく似ています、完璧です」
「もうっ!! 私に絵心がないからって、からかわないでくださいっ!!」
ふ、と薄い笑いを漏らしたアンリは、荷物を下ろすと傍のソファに腰かけた。
つられてカイヤも向かい側に座る。
「まったく、ハイネさんはマイペースというか能天気というか……。
異世界で魔物の研究でも始めたのですかねぇ」
「あの子の事ですから、ちゃんと目的があるのだと思います。
今、ミストルテインのお城に泊まり込んでいるそうなんです。いろいろあって、この魔物の調査活動のメンバーになったとかで」
前の世界でつらい思いをしたばかりだ。同じ事を繰り返すほどハイネは愚かな子供ではない。
だからこれは本来の目的に沿った意味のある活動なのだと、師であるカイヤは読んでいる。
ならば助力は惜しまない。そう言いたげに、カイヤは手を組んで身を傾けてくる。
「私、こっちの“緑の国の王様”に連絡を取ってみようかと思うんですよ」
「へ? なんでまた」
「“彼”は、“経験者”ですからね」
――それも親玉といえるほどの。
カイヤがかつて辿った旅路については、アンリは片鱗しか知らない。
彼女がその思い出話をあまり表沙汰にしたがらないからだ。
弱冠20歳の彼女の、その若さで緑と青の両国王を手の内に入れているような得意げな表情。
6年前のヤンチャな頃の面影が蘇るかのようだ。
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