レムリアと向かい合って座る。
ハイネから打ち明けられる話を待つように、彼は静かに見つめてきた。
――吸い込まれそう。
彼の瞳はハイネの顔を見ているが、ハイネの向こう側の“世界”を見ているような気もする。
「あの、レムリアさんはアンリって人を知ってますか?
うち、あの人に言われてここまで来たんです」
「えぇ、存じていますよ。
私の友人の部下……でしたっけ」
その口ぶりから、あまり深い興味はなさそうだと察した。
本題はその“友人”についてだ。
「クレイズ先生のこと、調べてるんです。
クレイズ先生を連れて行った学会なら、うちが探してる答えがあるんじゃないかって。
それで、レムリアさんが学会の1人だって聞いて」
「貴女は『クレイ』とどのような関係なのですか?
どうして彼について探るのでしょう」
レムリアなら、別の世界を信じてくれるだろうか。
前の世界では全面的に協力してくれた。今回も、彼を頼ってもいいのだろうか。
自分の世界のクレイズを救いたいから、と正直に話しても……――
「旅人、という言葉は、貴女にとって特別なのですか?」
彼は話題を変えるように尋ねてきた。
「え、なんで……」
「いえ、さっき城門で私がそう言った時、貴女が心底驚いた顔をしていたので」
二人の間を隔てるテーブルには、綺麗に手入れが施された花瓶が置かれている。
百合の花だろうか。鮮やかな黄色い花びらが眩しい。その甘い香りに酔いそうだ。
無意識にハイネが見つめていたその花に、レムリアは指でそっと触れる。
壊れないように、そっと。
「クレイは、私の唯一と言っていい友人でした。
私は長らくこの城に勤めていますが、本来はしがない学者だったのです。
まだ私が研究1つで生きていた頃に出会ったのが彼、クレイでした。
彼だけは、私が対等に会話を交わせる相手だった。
当時、私は少し独特の研究をしていたのですよ。そのために集まったメンバー達が、今の“学会”です」
「その研究って……?」
「魔力の増幅。すなわち、魔力回路を人工的に作り出す方法を探していたのです」
ドクン、と心臓が胸を叩く。
「ヒトの可能性を、見てみたくて。
どこまで強くなれるのか。どこまで発展するのか。どこまで“耐えられる”のか。
今の人々一人一人の魔力は、大した量ではありません。
ですがもし、大量の魔力を生み出すことができたなら、歴史さえも変わるかもしれない。あるいは、新人類の誕生に繋がるのかもしれない。
人類の歴史の行く末。興味深いテーマでしょう?」
黄色い百合が、レムリアの指先から伝わる振動で花粉をこぼす。
甘い毒のような、妖しげな粉。
香りに浮かされたのか、ハイネは少しフワフワとした気分を味わっていた。
まるでまどろんでいるかのような、心地よい感覚。
「歴史を、変える……――?」
「“貴女もやっている”でしょう?」
ひゅっ、と引き戻された気分だ。
寝過ごした朝のように、急に意識がはっきりする。
「大丈夫ですか?
ふふ、二者面談で居眠りとは、ずいぶんと度胸のある人ですね」
レムリアは笑っていた。
どこからが夢で、どこから現実なのか。その境界が曖昧だ。
「あれ、うち……」
「それで、“歴史を渡る旅”ですっけ?
別の世界があるなんて驚きですね」
あれ?!とハイネはうろたえる。
彼にそのことを喋った覚えがない。
レムリアは、寝言を聞いたかのようにイタズラな笑みを浮かべていた。
一見無邪気にも見えるが、その後ろには何かが隠れている、不穏な空気。
「俄然、興味が湧きました。貴女は学会に足を運ぶべき人かもしれない。
となれば、お教えしましょう。学会の本拠地は、はるか西方……旧ダインスレフです」
この世界では滅びた、黒の国ダインスレフ。
アンリは、そこはスラムだとぼやいていた。だが確かにそこに根付く機関があったのだ。
「それから、これはナゾナゾです。
貴女はぜひ、ヒューラン殿下達に同行すべきです。
ジスト陛下を困らせる大きな“あの子”は、貴女が知りたい真相への足掛かりになるかもしれませんよ」
優しく誘う道しるべの言葉なのか、それとも何かに誘導する罠なのか。ハイネにはわからない。
黄色い百合の花を横目に、彼女は胸元を押さえる。
目の前のレムリアが『以前とは違う』と、胸の奥の“誰か”が警鐘を鳴らしていた。
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