「うぉっほん!!
私こそが碧の国東の王、ジストだ。遠路はるばるご苦労!!
まぁ、茶でも飲んでくつろぎたまえ。我が領で採れた薔薇の花を使った茶だ。口に合うと良いが」

甘く濃厚で優雅な香りが室内を満たす。
澄んだ紅茶に、一片の薔薇の花びらが泳いでいた。
添えられた銀のスプーンには双頭の鷲が彫られている。鏡のように磨き抜かれ、芸術品のように美しい。

――いや、うち、圧倒的に場違いやん。

ハイネは恐る恐る紅茶を口に運びながら、向かいの席で相変わらず微笑んだままのレムリアの視線を浴びて委縮する。
傍目には一般人でしかないハイネを、王族の会議に同席させる彼の意図が読めない。
彼は、ハイネの正体に気が付いているのだろうか。あえて『旅人』とハイネを呼んだ彼の思惑は一体何なのか。

ハイネの不安をよそに、まるでパーティーかのように嬉しそうに茶を振舞うジストの姿。
あのコーネルと対なす王である事は一目でよくわかる。今の彼女の笑顔は、アメリがハイネに向けるものとそっくりだ。

一方で、気まずそうにしているヒューランと、無言で茶を啜るヒスイ。
これから打ち明ける話で、気さくに笑う女王がどんな顔に変わるのか想像すると、コーネルの時よりも恐ろしいかもしれない。

「その、ジスト陛下。
実はコーネル陛下には一蹴されてしまった話なのですが」

ん?、と無邪気に首を傾げる女王に、ヒューランは自国の現状とカレイドヴルフでの一連の流れを語った。
茶の香りを楽しんでいたジストは、彼の話に段々表情を固めていく。
気付けば彼女は腕を組み、若干身を乗り出すように聞き入っていた。

「……要するに、ミストルテインの騎士団を借りたいという話だな?」

「平たく言えば、そうなります」

「ふうむ」

コーネルには鼻で笑われたが、ジストは違うようだ。
それ見ろ、と見守っていたアメリは隣のグランを肘でつく。

「まあ私の答えは決まっているが。レムリア、君の意見も一応聞きたい」

手を組むレムリアは、来客を見据えて微笑む。

「普通に考えれば、受け入れがたい申し出でしょう。なんせリスクが大きすぎる。
他国の戦争の手伝いをしろ、と言われているようなものです。
勝てば国ごと渡す、と申されましても、例えば我々がもし負けた時、一体どんな救済があるのです?
連合国とはいえ、二国の片方の戦力を失えば、赤の国のヴィオル王派にそのまま攻め込まれてしまうかもしれない。
碧の国の安寧と貴国の領土を天秤にかければ、コーネル陛下が申し出を受け入れなかったのは安牌といえる」

「あぁ。まったく保守的な男だ。コーネルも、レムリアも」

ジストはニヤリと笑い、茶を飲み干す。

「私個人としては、ブランディアを手助けしてやりたい。
私はヴィオルに一つ二つでは済まない因縁があってな、一泡吹かせてやりたいのが正直なところだ。
本当は全面的に支援したいが、まぁ、そう簡単にはいかないわけだ」

やはり、と落胆の色が浮かぶヒューランとヒスイだが、ジストは明るい表情を浮かべている。

「だから交換条件を出そう。それから、コーネルへの“言い訳”の材料だ。
実は少し困った案件があってな。それを君達が解決してくれるのなら、我が領から支援物資を出そう。
金、食料、医薬品、馬、それから武器だ。
ティルバ派の残り少ない有志達に希望を宿す。私がしてやれるのはそこまでだ」

「ほ……ほんまか」

すっかり諦めた顔で背を預けていたヒスイが、思わず勢いよく起き上がる。
ジストの提案に、傍らのレムリアは察したように「やれやれ」と肩をすくめる。
側近の小言を制したジストは、若き未来の王に微笑みかけた。

「領土を差し出す覚悟があるくらいなら、最後まで戦え、未来の王よ。
その手で勝ち取れ。ブランディアは君の国だ。
コーネルも、君には“王として生きろ”と言いたいのだろう。
もう一度立ち上がって見せろと。そういう国と“共に”歩みたいのだと。
あいつも不器用な奴さ」

――初めて、ヒューランの笑顔を見た気がする。

固く握手を交わす彼とジスト。
一人の若者の瞳に確かに宿った希望の光。
それに気付いたハイネは顔をほころばせ、心の中で激励を送った。



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