久しぶりに夢を見た。
『旅人』は相変わらず、暗闇に浮かぶ数多の小さな星を見つめて座っている。

「呼びつけてすまないな。少し君と話がしたくて」

眠い目をこすって立ち上がったハイネは、淡い光に照らされて浮かぶ旅人の顔に目をやる。
彼女の真っ白な髪は、星々の輝きをビロードの如く複雑に反射した。
その唇が薄く弧を描く。まるで子供のイタズラを見たかのように。

「自分のものではない『世界』に触れた感想はどうだ?」

すぐにそれが前の世界の事だと気付いたハイネは、がっくりと俯く。
わざわざ答えずとも、旅人にはハイネの心が読めているのだろう。

「……旅人さんは、前の夢で会った時から、うちがこうなるって知ってたの?」

「言っただろう?
私には未来が見えるのだと」

「それじゃあ、この先のうちの旅もどうなるか……全部わかるんだ」

「あぁ、わかるとも。
どんな結末を辿るかさえも、すべて」

「ハッピーエンドになれる?」

「君は本を後ろから読む人間なのかね?」

教えてくれたっていいじゃないか、と口を尖らせるが、恐らく旅人はその話をその口から語ることはないだろう。
ハイネが知る“ヒメサマ”は、そういう人間だった。

「君は今、打ちひしがれている。
前の世界の仲間達の事を知り、後悔している。
そしてまた、“今”の世界で同じ事が起きると予想して、震えている」



――君はこんな話を知っているか?



「蝶の羽ばたきが、世界の裏側に嵐を巻き起こす。
突飛な例えだが、つまるところ君はその蝶なのだ。
己は非力で、なんでもない一人の人間だと思っている。
そんな君の行動が、前の世界で一国を破滅させ、新たな戦争を巻き起こした」

思わずハイネは耳を塞いだ。
だがここは夢の中だ。旅人の声は手のひらをすり抜けてくる。

「うちかて、こんな事になるなんて……!!
もう、やめるから。帰る事だけ考えるって決めたから……!!」

「まぁ待て、ハイネ」

旅人は足を組み替える。
その声は、どこか同情気味だ。

「以前、ある男の話をしたな。歴史を渡るもう一人の『旅人』の物語だ。
彼は今の君と同じ感情をかつて抱いた。
そして、今の君と同じように、“もう関わらない”と決めて突き進んだ」

ビクッ、と肩を跳ねたハイネは恐る恐る顔を上げる。
その男と同じ末路を辿る、そんな恐怖が静かに迫ってくる。
ところが、旅人はその手をハイネへと伸ばし、ポン、と頭に置いたのだった。

「君が自分の世界に帰るという目的のために、誰かを見殺しにする決断を迫られるかもしれない。
だが、どうかその今際を悼む心を失くさないでくれ。
そして、世界を渡ったら、もう振り返るな。
夢の続きは“自分の”ベッドの中で見るのだ」

これから何度も別れを経験するだろう。
かつて『彼』は、そこから目を逸らした。

「君なら、そのすべてを“花束”として持って帰れるだろう。
残された根を踏みにじらなければ、また新しい花が咲くさ」

旅人の声が遠ざかる。
現実に引き戻される気配がする。



――心配するな。君にはいつでもどこでも、大きな愛が味方についている。



薄れゆく旅人の姿。
その瞳は、ハイネの胸元に揺れる指輪を見つめていた。



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