そろそろ夜も更けようかという頃。
相変わらず父親のための研究で引きこもっているカイヤに、アンリが夜食の差し入れに訪れた。
いつも通り軽くノックして、いつも通り返事はなく、いつも通りやれやれと研究室に入る。
そしていつも通りなら、机に突っ伏して眠っている彼女を起こすのだが……――



なんだかいつも以上に部屋が散らかっている。
テーブルの上ではあらゆる分厚い本が小高い山を作っており、床にはフラスコやシリンジといった学者の日用品が転がっている。
それらを跨いで奥を覗いてもカイヤの姿が見当たらない。
最後に恩師が眠っている部屋の扉をそっと開けると、ようやくその後ろ姿を見つけた。

「どうかしたんです、カイヤさん」

「あっ、アンリ先生。お疲れ様です」

聴診器を耳に当てつつ振り返る彼女。
クレイズが辛うじて命を繋げている音を印刷する機械から、長々と波線のグラフが吐き出されていた。

「容体に何か?」

「あぁ、そういうわけじゃないんですけど、ハイネさんが大きな収穫を得てくれたので」

床で波打つ長い紙を掬い上げて眺めると、どうやら心音とは違う振れ幅で図が形成されていた。
アンリは医学の知識についてはカイヤほどではないが、素人目で見ても心電図が描いた代物ではなさそうである。

「なんですか、これ。不整脈にもほどがあるでしょうよ」

「それ、魔力回路の循環を記録してるんですよ」

「魔力回路の?」

「そう。もしかして博士が目覚めない理由は魔力回路にあるんじゃないかって」

「魔力の流れを読み取れるんです?」

「突貫で作った機械ですけど、そこそこ使えます。
ほら、こっちが私の魔力回路のグラフです」

――また涼しい顔ですごい発明をしたものだ。

アンリは驚くことももはや忘れ、図を受け取る。
見比べてみると、ゆるく波打つような図であるカイヤのものに比べて、クレイズの方は不安定に上昇と下降を繰り返していた。

「本当はどうにか博士の回路を見られないか試したんですけど、意識がないせいか視認できるほど濃く見えなくて。
だから、魔力の循環を読み取って予想することにしてみたんです。そしたらこのザマですよ。
博士の魔力回路、やっぱりどこかがおかしい。波線の上下が不定なのもそうですし、たまに流れ自体が飛んじゃうこともあるんです。
そこから想像できるのは、博士の回路が絡まったり途切れたり……つまり普通じゃない形になってるのではってことです」

魔力を強制的に増大させる薬によってもたらされた昏睡状態。
もしかしたら、異常に増えた回路の管が、もともとの回路の動きを阻害しているのかもしれない。

「大きな進展じゃないですか。原因すらわからなかったこの6年ですから」

「えぇ。でもこれはスタートに過ぎません。
問題はその回路をどうやったら治せるかって話です。
肉眼で見ることすらままならない魔力回路を、この世界の今の技術で、はたしてどこまで相手にできるか……」

カイヤはおもむろに立ち上がり、研究室の自分の机の上にある書類の束を掴み――ゴミ箱に投げ捨てた。

「さて、1からやり直しです。また長い道のりになりそうだな。
……あ、アンリ先生、差し入れ持ってきてくれたんですよね?
プリンだと嬉しいな!」

「はいはい。お望み通り。マオリさんの手作りですよ」

「やったー!! ありがとうございます!!
マオリさんが作るお菓子、大好きなんですよー!!」

幸せそうに甘味を楽しむ彼女の横顔は、いつもより格段に晴れ渡っていた。



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