夜まで懐中時計を眺めていたところで、ようやくそれなりの魔力が貯まった。
アンリの家に戻ったハイネは、自分の部屋に閉じこもってその時を待っていたのだ。
――帰宅するなり、幼いトキの顔を見て再び涙が溢れてしまったのは言うまでもない。
『ハイネさん!!!』
開口一番、切羽詰まったようなカイヤの声が名を呼んだ。
思わず驚いて座ったまま飛び跳ねる。
それからハイネはなるべく明るく振舞おうと深呼吸し、少し乱れた赤い髪を耳にかけた。
「やっと繋がった……。
カイヤ先生、こんばんは。無事に次の世界に着いたよ」
『だ、大丈夫ですか?!
ケガとか、体調悪いとか……』
「んもう。それ毎回確認するん?」
クス、と笑ってから本題に入る。
「ちょっと気になる話を聞いたんよ。
こっちの世界のクレイズ先生は、病気で死んでもうたんやて。詳しいことはまだ聞けてへんのやけど。
重度の高熱と精神崩壊、それから発狂して……だったかな」
『魔力の暴走の症状に似ていますね。
だったら私にも心当たりが……えぇ、ありますね、たくさん……』
過去の旅について思い出しているのだろう。苦々しいカイヤの顔が脳裏をよぎる。
「それから、魔力回路の話。
この世界は魔力回路の研究がそっちよりちょっと進んでるみたい。
蝶の形をした、クモの糸みたいな器官だって」
『……すごいですね。こちらではまだその見た目すらうまく観測できていないというのに。
魔力回路って、死んでしまうと壊れて消えてしまうんですよ。
まさか生きている人の胸を開いて眺めるなんてできないし……――』
感心の言葉が途中で止まり、しばし沈黙が流れる。
「カイヤ先生? もしもし?」
『ハイネさん。私、とんでもないことに気付いてしまいました』
「な、なに?
うちなんか変な話してもうた?」
『魔力回路だ。魔力回路がおかしいのかもしれない』
突然ドタバタと忙しない音が響いてくる。
「ちょ、ちょっとカイヤ先生?!」
『すみませんハイネさん!
日を改めてまた連絡いただけますか?!
あ、あと!! そちらの世界の博士がどんな最期だったのかも詳しく調べておいてもらえると嬉しいです!! では!!』
「ちょっ……!!」
通信が途絶えた。
何が何だかわからないまま切られてしまったが、カイヤは何か重要な発見をしたのかもしれない。
常日頃から新しい成分を発見してはなりふり構わず席を立つ師の癖を、ハイネはよく知っている。
落ち込んでいた心が、少しだけ上を向いた。
この世界での目標が決まったからだ。
――クレイズ・レーゲンの死の謎を解く。
何かしていないとすぐに涙が出てしまいそうな今のハイネにちょうどいい道しるべだ。
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