カイヤの計らいで、内鍵がかけられる準備室を借りる。
雑多に積まれた箱の陰に隠れるようにしてしゃがみ、懐中時計を再び開いた。
自分の世界のカイヤとの通信を試みるが、まだそこまで遠い世界に繋げられるほどの魔力は貯まっていないらしい。
当人のようにマイペースな魔力生産を行う時計に、思わずため息がかかった。
それならばと、通信先を前の世界へと変更してみる。
すると、雑音の後に聞き覚えのある声が運ばれてきた。
『お、やっと繋がりましたか。どうも、ハイネさん。ご機嫌いかがですか?』
「んも~、こっちはいろいろ大変やったのに、レムリアさんってば呑気やなあ」
ふふ、と笑っている顔が容易く想像ついた。
同時に、今までずっとハイネの連絡を待っていてくれたことも察するのだった。
『しばらく連絡がないものですから心配していたんですよ?
危うくこの世界の1年分の魔力がムダになったと学会に頭を下げに行くところでした』
「ごめん、ごめんて!
こっちへ来た衝撃で時計が壊れてもうたんよ。直してもらえたからよかったけど」
『そちらにも優秀な学者がいるのですね。ぜひいろいろ討論したいところですが……』
「そんな暇も魔力もないわ!!」
思わずツッコミを入れたところで、小声で現状を伺う。
「そっち、大丈夫?
特にその……うちについてきてくれた皆とか」
『あぁ、その事ですか。聞いてしまいますか?
貴女はもう戻らない場所でしょうに』
少し、レムリアの声から温度が消えた気がした。
彼自身は元気そうだが、何かあったのだろうか。
「そ、そりゃあ、一方通行の旅だし、聞いても仕方ないって言われたらなんも言えへんけど……」
『まあ、貴女はお人好しのようですから。いいでしょう。言伝もあるので』
――言伝?
ハイネは無意識のうちに正座になっていた。
時計を握る手が嫌な汗を流す。
『青の国の王が亡くなったのは、貴女も知っているでしょう。
そして、オリゾンテの血族は根絶やしにされました。ただ“一人”を除いて。
その一人は、新しい王となるそうですよ。まだ、7つほどの子、なんですけどね』
ひゅっ、と心臓が絞られた。
ハイネの手首を握る、黒いリボンの感触。
『そして、緑の国は白の国に宣戦布告しました。しかし状況は芳しくありません。
王子が一人、戦死したとも聞きましたね。どうやら“初陣”だったようですが』
「れ、レムリアさん。待っ……」
『そして黒の国は、白の国に事実上支配されました。
やはり“聖女”の奇跡には太刀打ちできませんね……。キリがない。摩耗するばかりです』
唇が震える。冗談ですよ、と言われても受け入れることができないような話の数々。
『そうそう、肝心の言伝なのですが。いいですか、一度しか言いませんよ?
よく聞いてください』
ハイネさん。
村で窮屈な思いをしていた私を外の世界に連れ出してくれてありがとう。
貴女の友達になれて本当に幸せだった。
今、立ち向かう勇気を振り絞れるのは、きっとハイネさんのおかげ。
青の国の未来を繋げるために、アキを送り届けてきます。
いつか、貴女の未来で会いましょう。
その時は、また友達になってくださいね。
『……あぁ、まったく、もうちょっと簡潔にまとめてほしかったですね……ゴホッ』
「れ、レムリアさん?!」
『確かに、伝えましたからね。
もう時間がないので切りますよ』
「ちょっと、待って!!
レムリアさん、他の世界のこと知りたいんやろ?!
うちまだ、何も……」
『貴女が先へ進めたとわかれば、もういいのです』
ガチャガチャと妙な雑音が入る。
その音は、そう、白の国の追っ手に囲まれた時と同じ音――……
「レムリアさんッッ!!」
『さようなら、“旅人”さん。
長い船旅に嵐はつきものですよ、お気をつけて!』
ガシャン!!と何かが割れる音がして、通信が途絶えた。
慌てて繋げ直そうにも、もうどこにも繋がらなかった。
――おそらく、レムリアが機材を叩き割ったのだろう。
この後の展開は、想像したくない。
「……レムリアさん……」
――トキちゃん。
――みんな。
ハイネは黒いリボンを抱きしめて泣き崩れた。
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