ヒトの体でいう胸部の中心に宿る、半霊体の臓器。それが魔力回路だ。
魔力回路は、クモの糸のように細い管が、蝶のような模様を作りながら広がり、肺や心臓にまとわりつくように張り巡らされている。
得意不得意があるにしても、大抵の人々は手足を動かすような感覚で魔法を放つことができる。
そんな無意識の行動下で、魔力回路は中央部で魔力を生産し、張り巡らされた微細な管に魔力を流して魔法として昇華しているのだ。
魔力回路にもっとも近い心臓や肺の動きは、魔力の循環に大きな影響を及ぼす。
つまり、理性では隠せない“感情”が、生み出される魔力の質を左右するのだ。
この魔力回路は、模様が複雑なほど、俗にいう「魔力が多い人」となる。
魔力回路の大きさはほぼ遺伝として受け継がれ、生涯その大きさや模様が変わることはない。
――人為的なものがなければ、だが。
「魔力回路は、先の通りとても繊細なもの。
ハイネさんの懐中時計の中に仕込まれたように、あんなに完璧に取り外して移植できるなんて……。
もしこの世界にそんな手腕の持ち主がいたら、神様か何かと思われるほどですよ」
カイヤはそう言ってコーヒーを一口流し込む。
「クレイズ先生は、魔力回路を外しちゃったせいで死んじゃった……ってことですよね?
でも、うちがこの時計を受け取ってから、ちゃんとお見送りまではしてくれた」
「取り外したからといって何もすぐ死ぬわけではないのですが、私達の体はもう何千年も前から魔力回路があるという前提で進化してきています。
回路にもっとも近い心臓や肺は、その働きに魔力も絡んでくるようになっています。
徐々に死んでいくんです。需要が供給を上回ったら、いずれは枯渇してしまうでしょう?」
そしてそれは耐え難い今際であることも知る。
少しずつ呼吸を封じられ、鼓動を妨げられていく感覚。
虚勢で見送ったクレイズが、その後思わず崩れ落ちてしまうほどの苦痛。
「そんなに苦しい思いをしてまで、どうしてうちに……」
「さぁ。……そういう人、だったんですよ。きっと」
懐かしそうに細まる青の瞳。
それはきっと、彼女だけが知るクレイズの姿を思い描いてのものなのだろう。
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