ただ拗ねて引きこもっているだけでは子供と変わらない。
気分を切り替えたアメリは、父王の元へ向かうと決めて立ち上がった。



アメリに連れられてハイネも共に会議室へ足を運ぶ。
そこではちょうど、赤の国から来た面々とコーネルが互いの指針について議論しているところであった。

「アメリ……来たのか」

「父上、お忙しい中申し訳ございません」

「いや、いい。お前も座れ」

ヒューランの隣に座っていたヒスイが「やるじゃねえか」とハイネにアイコンタクトを送ってくる。



「さて、主役も揃ったところですし、こっちの事情も聞いてもらいましょか」

部屋の中の視線が一斉にヒスイへと注がれる。
ニンマリと笑った彼は、身を乗り出すように手を組んだ。

「申し遅れましたがね、自分はヒスイ・グルン・アードリガー。王妹ティルバ殿下任命の和平派騎士団長ですわ。
ヒューラン殿下の護衛を務めると同時に、補佐官もやっとります」

――アードリガー?!

ハイネは耳を疑った。その名は自分と、父親と同じだ。
やはり彼はハイネに近しい血筋の者らしい。
自分と父以外の親戚は知らずに育った彼女は、故郷でヒスイに当てはまる人物の存在を、咄嗟に記憶から見出せない。

それにしても、軽薄な男だとばかり思っていたが、どうやらそれなりの地位も持ち合わせているようだ。
悪びれもなく軽い口調の他国の男に、カレイドヴルフ側の要人の中には顔をしかめる者もいる。
しかしコーネルはそのままヒスイの言葉を続けさせた。

「ワイはヒューランを、ただのうのうと目出度い話の中に差し出すつもりで来たわけやない。
実のところ、アメリ姫との見合いは『その後』の話や。本題が別にある。
単刀直入に言わせてもらうが、“ティルバ殿下と夫のゼノイ殿下は殺された”。
ヒューランの両親はもうおらん。赤の国の和平派は潰されかけとるのが現状や」

ざわ、と室内がどよめく。
眉間に皺が寄り始めたコーネルを見て、ヒスイは手元の茶を飲んで冷静を装う。

「現に、赤の国から抜けるのさえ骨が折れた。追われとるんや、ワイらは。
もし万が一和平派が主権を握れば、次代の王はヒューランになる。
まあ今のところそれは望み薄やけど、ヴィオル王の派閥が力を持ち続ければ、ヒューランは反乱分子として始末されるやろうな。
今回の訪問は、ある意味では亡命に近い。伏せていてすまんかったがそういうことや。
ちなみにヒューランには妹がいるが、妹姫は白の国の方向へ逃げた。
……あわよくば、教皇ルベラの庇護を受けられるようにっつう、なんとも胸糞悪い理由やけどな」

まだまだ若いヒューランが隠していた事情に、聴いていたハイネが圧倒されてしまう。
隣に座っているアメリも思わずゴクリと喉を鳴らした。もはや結婚が云々という話の流れではなくなっている。

次に口を開いたのはヒューランだ。

「確かに俺は亡命してきた。国を捨て、同胞を捨て、敵に背を向けた。
だが俺は、命が惜しくてここへ来たわけではない。
力を貸してほしいと交渉しにきた。
伯父上の暴政を止めるための戦力が欲しい。それが叶うのなら、赤の国は碧の国に下ることも辞さない」

ヴィオルを止めるために、未来の赤の国を差し出す――

王族としてのプライドをかなぐり捨てた言葉に、カレイドヴルフ側が面食らったようだ。
難しい顔をしているコーネルは腕を組んで目を細めた。

「碧の国に下ると言うのならば、それは赤の国が歴史から消えることに等しい。
貴殿がそこまでして守りたいものとは何だ?」

「……争いを望まない民に、ただ恒久の平和をもたらしたいだけです。
和平派には、もう伯父上に対して立ち上がるための戦力も財力も何もない。
勝てない戦いで、これ以上罪のない命を犠牲にしたくはない。
ならばせめて、1人でも多くの民を救いたい。
俺がこの身を以て、苦しんでいる民に安寧を約束してやりたいのです」

「それは、言い換えるならば碧の国に責任を押し付けるということか?
領土をすべてやるから面倒を見ろ、という意味と受け取るぞ。
赤の国の王族として、“貴様”はそれでいいのか?」

「殿下に貴様とはなんや、西の王?!」

思わず立ち上がったヒスイを、ヒューラン自身が慌てて宥める。
ふん、と薄笑いを浮かべたコーネルは、猛るヒスイに目をやった。

「俺はあいにく、手に入れる価値のない土地にまで金をかける趣味はないんだ。
他を当たれ。話は以上だ」

一方的にこの場が解散され、カレイドヴルフ側の面々はぞろぞろと退室してしまった。
残されたのは赤の国側と、ハイネとアメリだ。

「クソッ!! こちとらプライド捨ててへりくだってやったってのに!!」

「ヒスイ、落ち着け。俺が未熟だったから。
それに、アメリ姫の前でその悪態はないだろう」

「っとと……すまんすまん」

「い、いや。気にするな。別に咎めはしない。
むしろ、てっきり父上なら助け船を出してくれるだろうと考えていた私も甘かった」

手に入れる価値がない、と言い切られてしまった。
これでは助力を乞うのは難しいだろう。まごうことなき交渉決裂だ。

「んで、どーするよ、殿下?
このままシッポ巻いてブランディアに帰って首晒すか?
ワイはごめんやぞ」

「……“東の王”だ。ミストルテインにも行ってみよう。
向こうでは違う答えが聞けるかもしれない」

碧の東、つまりミストルテイン領。旧緑の国であり、ジストが治めている地帯である。
国としては西側のカレイドヴルフと同じ碧の国ではあるが、独立した騎士団を持っていることでも知られている。
もしもジストを動かせたなら、東の騎士団の力は借りられるかもしれない。

「母上に会うのか。ならば、私も同行しよう。その方が母上の心象としても悪くないだろう。
ただ、私がここを発つのが3日後だ。それまで待っていただければの話だが」

「アメリ姫、助かる。
俺達は適当に宿をとることにしよう。まさか先ほどのやりとりの手前、この城に居座るほど俺の顔の皮は厚くないのでな……」

「腹いせや。えぇ宿とって有り金で豪遊したるわ、ちくしょう。
おいハイネ、お前なんか店知らんか?
かわいいねーちゃんがおるところとかな!」

「知らん知らん!! うちかてここ来たばっかりやもん!!
それに、お金ないって言ってたのに無駄遣いしたらアカンやろ!!
……はぁ。うち、もう帰るわ……。いろいろ聞いてたら頭痛ぁなってきた」

「ヒスイ、送ってやれ。俺のことはいい。
少し、一人で考えたい……」

はいはい、とヒスイは気怠げに席を立つ。
ハイネは向き合ったアメリに手をひったくられて固い握手を求められる。

「ハイネ、今夜はいろいろとすまなかった。別の機会に埋め合わせをさせてくれたまえ」

「いいよ。いろいろ勉強になったし」

「今度は洒落た店で甘味でも食べながら“がーるずとーく”とやらをしてみたいな!!
おやすみ、友よ」

ヒスイに連れられ、ハイネはアンリ達の家に帰る道を急ぐ。



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