マオリやトキに事情を話して先に帰らせ、ハイネは王城兵に連れられてアメリの部屋へ向かう。
またも気圧される形になってしまったが、アメリを放っておけないのは本心である。
「アメリ様、ご友人の方がお見えになっております」
兵士がノックをするが、返事はない。
顔を見合わせたハイネと兵士。今度はハイネがコンコンと扉を叩いた。
「あの〜、アメリ……様?
うちや。昼間の。よかったら、少し話さん?」
呼びかけてしばらくすると、カチャ、と鍵が開いた。
「こんばん――」
挨拶を終える前にハイネは扉の向こうに引っ張られ、部屋の中へ回収されてしまった。
状況を理解する前に、引っ張り込まれた手が力強く握りしめられた。
「おおお、来てくれていたのだな、ハイネ!!
すまない。呼んだ私が姿を見せないなど無礼であったな」
アメリは深々と頭を下げた。
見れば、昼にトキが選んだ服を着たままのようだ。
近くのソファにドレスが投げ出されている。恐らくは今夜の宴で着る予定のものだったのだろう。
「アメリ様、ええと……」
「ああ、そう固くならないでくれ。どうかアメリと呼んでほしい」
「じゃ、じゃあアメリ。
……ヒューランとのことは、ほんまなん?」
うむ、と頷いたアメリはそこでようやくハイネの手を解放する。
「聞いたのか」
「……正直言うと、コーネル陛下に言われてアメリに声かけに来たねん。
ずっと部屋から出てこんわって言うから」
「だと思ったよ。手間をかけたな」
アメリは投げ出していたドレスを適当な椅子に放り、ハイネをソファへ招いた。
テーブルの上にカップを並べ、アメリは慣れた手つきで紅茶を淹れる。
王女にやらせることではないとハイネが代わろうとするが、好きでやっている、とかわされてしまった。
「私がなぜヒューラン殿との婚約を迫られているか、君は知っているか?」
「そこまでは……。でも赤の国の人と結婚したら、ブランディアと仲良くできるのかも、とか……?」
「おおむね正解だ。君はその手の話は聞き慣れているのか?」
まぁ他の世界の話では、と内心思いつつ返事を濁す。
「どうにも、私は赤の国が好きではない。
ブランディアは常に争っている。他国に限らず、自国内でも。
時には人の命さえ軽んじられ、失われた命の数で勝敗を決めている。
私はそういう文化が大嫌いなのだ」
確かに、赤の国はどんな時でも力こそが正義だった。
ハイネも幼い頃は赤の国で育った。野蛮な王ヴィオルの圧政で、オアシスも重すぎる税に苦しんでいた。
徴兵された村の若い男たちが生きて戻らなかったこともある。
ハイネ自身も、金銭的には恵まれていない幼少期を送っている。
だがそれも、ティルバが王位につくまでの話だ。
赤の国の歴史上でも珍しい女王の即位時、最初こそ前王の残党処理を過激に進めていたが、近年ではようやく落ち着き、貧民たちがかつて納めた税が田舎村のオアシスにも還元されるようになってきた。
今はまだこの世界の赤の国がどういう状況かは把握しきっていないが、あのティルバの息子であるヒューランなら、そうそう悪い男でもないとハイネは予想している。
もっとも、自分の世界の話を説明できるわけもなく、彼女は頭を悩ませるわけだが。
アメリはカップを傾けつつため息を吐いた。
「これはここだけの話だが。
……そもそも、私の母であるジスト女王は赤の国のヴィオル王にその昔求婚されたらしいのだ。
だが母は父を選んだ。それが気に食わないと、随分と敵視されている。
ティルバ殿が和平派であることは私も知っているが、結局はヴィオル王の妹君だ。
何か良からぬ裏でもあるのではないかと、私は勘繰っているのだが……」
アメリとヒューランの婚約によって赤の国の和平派と組めば、現状の赤の国の統治を正すことができるかもしれない。
コーネルは領土拡大にはそこまでの関心がないようだが、よりよい同盟相手が増えるとなれば何かしらの手を打つことも吝かではなさそうだ。
「とはいえ、私が安直にヒューラン殿との婚約を受け入れてしまうと、父上や母上も予想だにしないような悪いことが起きるのではないかと胸騒ぎがするのだよ。
もちろん私はまだまだ若輩だ。それこそ成人すらしていない子供でもある。
しかし、自分で納得した形でこの話を飲みたいのだよ。ただ流されるだけではなく、第一王女アメリとして、胸を張ってな。父上には生意気だと鼻で笑われてしまったが」
――アメリって、スゴい。
ハイネはぼんやりとそう感じた。
帰り道を慌てて走って躓いている自分とは大違いだと。
問題は、アメリのその後の結論である。
彼女は開け放たれたベランダを指さして笑った。
「実は脱走してやろうかと、ちょうどベランダの手すりにロープを括り付けていたところだったのだよ!
しかし、さすがに3階から地面までロープを伝って降りる勇気は私には湧かなかった」
故郷の青の国で囁かれていた、ある噂がある。
政略結婚を嫌がった当時のコーネル王子が、ベランダからロープを垂らして城から抜け出し、そのまま旅に出た、と。
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