コンコン、と扉を叩く音がする。
本を顔に被って眠りこけていたハイネは、ガバッと勢いよく起き上がった。
「ハイネさん、ごはんの時間ですよ」
トキの声だ。
ふわあ、と欠伸をしつつ扉を開けてみる。
寝ぼけた頭のせいで少し斜め上を見ていたが、声の持ち主はハイネよりもずっと低い背であることを思い出して視線を下げる。
「おはよう、トキちゃん!」
「おはようございます。温かいうちに召し上がれ」
トキについていくと、テーブルの上に朝食が並んでいた。
新聞を眺めながらコーヒーを口に運んでいたアンリが振り向く。
「あぁ、おはようございます。眠れましたか?
僕はそろそろ出勤しますが……
ハイネさん、もしよかったらトキの遊び相手をしてやってください。
この街の中を見てくるのもいいと思いますよ。
トキ、ハイネさんの案内役をしてごらん」
「はい!」
嬉しそうに頷くトキ。大人びた顔の印象が強かったが、どうやらこの世界の彼女はのびのびと子供らしく過ごせているようである。
朝食を綺麗に平らげ、マオリに見送られつつ、ハイネはトキと手を繋いで屋敷の外に出た。
今日もいい天気だ。朝の潮風に乗ってウミネコが空を滑っていく。
「トキちゃんって、この街好き?」
何となしに聞いてみると、トキは笑顔で頷いた。
「大好きですよ。みんな優しいし、海がきれいだし。
母さんがアキにとられちゃって、ちょっと寂しい時もあるけれど……
父さんがいるので。
これも、父さんがプレゼントしてくれたんですよ」
そう言って彼女は後ろでまとめた髪を見せる。
黒いリボンで三つ編みにしていた。
――……そのリボン、幼い頃に父さんがくれたものなんです。
ハイネは思わず手首に結んだリボンに触れる。
それに気が付いたトキは、ぱっと笑顔になった。
「すごぉい、おそろいですね!」
「せやね! ふふ、トキちゃんはオシャレさんやなぁ」
「そうだ、お洋服屋さんに行きましょう!
このリボンを買ったお店があるんです。私にはまだサイズが大きいけれど……
ハイネさんならぴったりじゃないかな」
「えぇ~?! うちになんか似合わないよ」
「そんなことないです! ね、見るだけでも!」
トキの小さな手に引かれて入った1件の服屋。
カジュアルな女性服が多数並んでいる。
普段、制服で生活しているハイネはこの辺りに疎く、可愛いなぁと眺めはすれども自分で身に着ける様はまるで想像つかないでいた。
個性豊かに並ぶ服の列をかき分けた先、店の奥の鏡の前であれやこれやと商品を自分にあてがう少女と出会った。
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