「さて……。それで、ハイネさん。先ほど僕に麓の集落の話をなさいましたよね」
「はい。前の世界では、アンリ先生達はみんなそこに住んどって。
先生、故郷に学校造るのが夢だったって」
「……ひた隠しにしていた夢を他人の口から語られるとは、なんだかこそばゆいといいますか……。
でも、それももう遠い昔の思い出話です。
僕の故郷は、もうないんです。戦乱の果てに事実上解体してしまいました。
この世界にあるのは、碧の国、白の国、赤の国の3つです」
「あれ?! 黒の国は?!」
「貴女、まるで古代から目覚めた人間みたいですねぇ。
黒の国なんて、僕がトキくらいの頃に無くなりましたよ」
「じゃあ国立医療機関も?!」
「診療所のことですか?
貴女が言う程の大々的な名前は付いてなかったはずですが」
「そっか、だからだ」
他の世界で、別世界についての研究を牽引していたのは黒の国だ。
それほどの昔に国自体がなくなっていたとしたら、並行世界を発見できずにいる理由として頷ける。
「なんでなくなっちゃったんですか、黒の国」
「なんてことはない。王家が断絶した、ただそれだけの理由ですよ。
代わりになる統治の方法も生まれず、もちろん金もない。他の国に下る覚悟もない。
だから消え去った。今はただのスラムです。行き場のない人々が集まるような」
ということは、レムリアやフェナはもうどこにもいないのだろうか。
前の世界のレムリアがそれを知ったら何と言うだろう。
「碧の国はご存じの通り、旧青の国と旧緑の国が合併して生まれた連合国です。今や世界でいちばん権力のある国。
碧の国ができる前は白の国が頂点でしたが、皇位継承権の争いで有能な皇子が命を落とし、野蛮な男が教皇を継いでしまってからは落ちぶれて見る影もない。
赤の国もまた内部紛争が激しい国で、好戦的な派閥と和平的な派閥で対立。劣勢の和平派は国外に亡命する民が後を絶たないとか。
……どうです、貴女が知る歴史との違いは?」
まるで違う。何もかもがだ。
ふと、今朝出会った二人の旅人を思い出す。
ヒスイとヒューランは、どう見ても赤の国の人種だった。
もしかしたら亡命してきた国民なのかもしれない。
「白の国の教皇って……誰なんです?」
「ルベラという男です。確か、先代の長男でしたか」
前の世界の教皇だったイオラや、ハイネの世界の教皇であるクロラはもうこの世にいないということか。
「あの、うちの世界ではコーネル陛下にお姉さんがいたはずなんやけど。
そう、白の国に嫁いで、めっちゃお祝いしてて……」
向こうの台所で洗い物をしていたマオリが、ふと水を止めてこちらにやってきた。
「リシア姉様のことを知っている方に会うなんて、びっくりですわ」
「え? あ、そっか、マオリ先ぱ……マオリさんってコーネル陛下の……」
「えぇ、従妹ですわ。
リシア姉様なら、わたくしのクソ兄貴に嫁いでおりますの。今はニヴィアンという街におりましてよ。
そういえば……子供の頃にクロラ様と文通していた、なんて恋バナを聞いたことがありましたわね。
クロラ様が亡くなられた時、それはもう悲しんでおられて。
ルベラ様に嫁ぐ話も出ていたと聞きましたけれど、想い人の兄に嫁ぐくらいなら……とまさかのシンハを夫に選びましたのよ。もうわたくし何度考え直せと姉様を説得したことか!」
「……僕も初耳でした。この国ではあまりコーネル陛下の姉君について話題に上ることはありませんので」
かつては革命軍を率いた旗印の彼女も、この世界では力なき1人の女性のようだ。
「そうだ。肝心な話をしていませんでした。
――クレイズ・レーゲン博士のことです」
ハイネは思わず身構えた。
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