昼間に見た広場を通り過ぎ、大きな図書館の角を横切った先に、目立たないながらもそれなりに大きな家が建っていた。
家、というより屋敷かもしれない。
階段を2、3段上り、オレンジの明かりの下で玄関を開けた。
「おかえりなさーい!!」
パタパタと駆けてきた少女。
ただいま、と少し顔をほころばせたアンリは、仕事鞄を彼女に預けた。
少し重たい革の鞄を両手で抱えて、少女は嬉しそうに微笑む。
ハイネは呼吸も忘れて立ち尽くした。
その茶髪の女の子は……――
「おかえりなさいまし、アンリ。
……あら、お客様?」
奥から出てきたのは、赤子を抱えた貴婦人。
否、“マオリ”だ。
「父さん、今日は私がご飯を作ったの。食べてくれる?」
「すごいですね、“トキ”。母さんも助かっただろう」
「あぁん、もう、お客人をお待たせしないで。
上がってくださいまし? 大した家ではないけれど。オホホ」
マオリに促されるまま、ハイネはリビングに案内される。
アンリの娘が作ったという歪ながらも優しい味わいの夕食を分けてもらった。
ユーファと一緒に舌鼓を打ったあの味が、口の中で蘇る。
まるで商品のように規則正しい刻み方だったあの料理より、いくらか愛嬌のあるバラつきが味わい深い。
食後の茶を啜りながらソファに向い合せで座る。
――そう、ここにいるのは10歳のトキ。そして生まれたてのアキだ。
ハイネが知る17歳のトキよりもずっと純朴で、人見知りで、恥じらうような笑顔が可愛らしい少女。
生意気だったアキは、今はまだ泣くことしかできないワガママな年ごろ。
どうやらこの世界でも、アンリが妻に選んだのはマオリだったようだ。
「ずいぶん遠くからいらしたお客様なのですわね?
1階の奥の小部屋が空いてますし、そこをお使いになって!」
アンリから聞かされた事情を察し、マオリは快く部屋を貸し出してくれた。
またもこの一家にお世話になる事になりそうだ。
嬉しいような申し訳ないような、くすぐったい気持ちを取り繕い、ハイネは深々と頭を下げる。
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