自分が“別の世界”から来たこと。

この懐中時計は前の世界でクレイズに貰ったものであること。

どうにか通信機能を回復させて、他の世界と連絡を取りたいこと――……

ごく慎重に、ハイネは事情を説明した。
恩人たちの面影を信じて、できるだけ細かく。



「別の世界……ですか。にわかには信じ難いですね……。
なんせこの世界にそんな技術ありませんから」

こればかりは想定外だった。
自分の故郷より進んだ時間軸ならば通じる話だと思い込んでいたが、辿った歴史が違えば差異も生じる。
学者として名高い目の前の二人がそれを知らないとなると、この世界で“並行世界”はまだ観測されていないのだろう。
碧の国という存在からして、この世界はハイネが知るものとズレた歴史を辿っているようだ。

「それで、その懐中時計……もとい、魔力時計なんですけど。
私も詳しくはないんですよ。父親に貰い受けただけで。両親の形見なんです」

「え……じゃあ、クレイズ先生は……」

「亡くなりましたよ。私がまだ学生だった頃……。
ちょうどアナタと同じくらいの年の時にね」

ハイネは思わず俯く。
元の世界で、カイヤがどれほど必死にクレイズの命を繋ごうとしているかを思い出す。
前の世界のクレイズは、カイヤの遺品を託し、ハイネを命がけで送り出してくれた。
この世界でも、父娘が揃って笑顔だったのはずっと昔の思い出なのか。

まるで見えない何かが、二人が寄り添うことを妨げているようだ。

「ハイネさん、何日かの間、この街で待っててもらうことってできます?
完全に直せるかはわからないんですけど、この時計……預からせてもらいたいんです」

「も、もちろん!
この後の予定も考えたいし、この世界のことも覚えなきゃあかんし。
カイヤ先生ならきっと何でもできると思うで、うち!」

本心でそう思っているからそう告げたのだが、ふっ、とカイヤの顔に陰が差したような気がした。

「私なんて……大した人間じゃないですよ。買い被りすぎです」

――クレイズ先生も、こんな顔してたな。

少し眉尻が下がるハイネに、切り替えたようにカイヤは提案する。

「そうだ、アンリ先生の家に泊めてもらうといいですよ。すごく大きいおうちですから」

「えっ、僕の家ですかぃ……」

「私の魔窟のような研究室より快適でしょう。学校の近くですし、ね?」

「……まぁ、いいですけど」

「アンリ先生、おうちここにあるん?!
麓の集落は……」

「どうやら歴史の授業が必要みたいですねぇ」

どういうこと?と瞬きを繰り返すハイネに肩をすくめる教授二人。
誰となく暗くなってきた外を見やり、アンリの帰り支度に付き合って、ハイネは学校を後にする。



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