見知らぬ世界に来て、真っ先に頼った魔法学校なのだが、果たして今回は誰がここにいるのだろうか。
クレイズか、アンリか、――もしかしたらカイヤがいるかもしれない。
意を決して受付を覗く。

「すみませーん」

「はいはぁい?」

顔を出したのは、どこか垢抜けない雰囲気の、茶髪の女性だった。
そばかすが浮かぶ白い肌に、砂色の瞳をしている。
トキやアキが住んでいたあの集落でよく見かけた外見である。

「今この時間、研究室にいる錬金術の教授って誰がいます?」

「錬金術の先生ですかぁ?
ちょ~っと待っててくださいねぇ」

受付係は手元の資料を手に取る。
亀のようなのんびりした仕草で名簿を指でなぞり、せっかちなハイネが爪先で地面を叩き始めた頃にようやく顔を上げる。

「今の時間だとぉ、アンリ・シュタイン先生がお手すきのはずですねぇ」

「アンリ先生!」

ぱあっ、とハイネが笑顔を咲かせる。
そうだ。この世界のアンリは生きているのだ。
思わず手首のリボンを撫でる。ここにトキやアキがいたら、どれだけ嬉しい顔をしてくれただろう。
勇み足で研究棟へ向かおうとするハイネを、受付係が彼女なりに慌てたような仕草で呼び止める。

「すみませぇん、来客バッジをつけてくださいな~」

彼女から受け取ったバッジを胸元につけて、ハイネは気を取り直し、よく知る道を駆けていく。

「あぁっ、廊下は走らず……。あっ、校内の地図……」

受付係の動作速度ではハイネを止めることができなかった。





懐中時計の針は午後1時を指している。
渡り廊下から校庭に目を下ろすと、昼食時で賑わう学生達が大勢見えた。
購買には長蛇の列ができている。通りすがりに覗き見ると、総菜パンやお菓子がたくさん陳列されていた。
多少の空腹を覚えたが、ぶるぶると頭を振って研究棟へと急ぐ。

アンリの研究室は、ハイネが知る通りの場所に相変わらず配置されている。
その扉を叩く前に彼女は隣の研究室に目をやった。
本来であればカイヤがいる場所。前の世界ではクレイズがいた。今回は一体誰がいるのだろう。
曇りガラスの向こうに見える本の山のようなシルエットを見て、雑然とした室内を想像し懐かしい気分になった。

深呼吸をしてから、アンリの研究室の扉をコンコンとノックする。
どうぞ、と男性の声がした。
顔を見たら泣いてしまうかもしれない。喉の奥が熱い。

恐る恐る扉を開けてみると、机の傍で書類を立ち読みしている横顔がこちらを向いた。
ん?、と彼は首を傾げる。

「見慣れない方ですね。学校見学の方です?」

「あ、う、違くて! その! アンリ、先生……」

「……はて、どこかでお会いしたでしょうか……」

書類を机上に置き、アンリはつかつかと歩み寄ってきた。
彼から学び、彼を見送った――そんな記憶が目まぐるしく蘇ると共に、他人を見る瞳をしている目の前の彼に、少し寂しさを覚える。

(そっか。うちはこれからこうやって、何度も同じ人と『初めまして』をするんだな……)

訝しげにこちらを見る視線で我に返り、ハイネは慌てて懐から懐中時計を引っ張り出す。

「あの、実は魔力時計を直せる人を探してて。心当たりないかなあって。
これがないと帰れなくて……」

「その時計……どこで……」

アンリは目を丸くしている。明らかにこれを見たことがある者の反応だ。

「お願いします! この時計を知っとる人と会わせて!」

「……貴女は一人でここまで?
一体どうして、その時計を知る者がこの学校にいると……」

「えっと、話すと長いんです……。というか、そもそも信じてもらえるかどうかっていう……。
と、とにかく急いでて!」

アンリは顎に指の背で触れ、考えるように視線をどこかへ投げる。
――その左手の薬指にはまった指輪を見て、ハイネの鼓動が跳ねた。

「わかりました。では夕刻までお待ちいただけますか?
“彼女”の授業が終わるまで」

彼が言う人物は、ハイネがよく知る者だとすぐにわかった。



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