もう夜も更ける頃だが、アキはまだ眠らずにいた。
小枝を手に、近くの木に思い切り叩きつけるような仕草をしている。

「アキ坊、まだ寝てへんのか?
もう遅いで」

「うるさいなあ。眠いなら1人で寝ればいいじゃん」

「何しとんの?」

「稽古だよ、け・い・こ!」

バキ、と小枝が折れる。
するとアキはまた別の小枝を探し当て、同じように素振りを繰り返す。

「さっきハイネが言ってたろ。追っ手がくるかもって。
ぼくだって戦うんだから」

「お前が?」

「そうだよ。
……確かに、ぼくは姉ちゃんほど運動は得意じゃないけど。
子供だからって、足手まといはイヤなんだ。
もう少しでハイネが出発できるんだろ?
そこまで守ってやらなきゃ。ハイネ、弱っちくて戦えないし」

ユーファは目を細めて笑う。

「いい心がけだ。アキ坊、お前も男になったな?」

「もう、ほっといてよ。寝ればいいだろ、お前は」

ひょい、とアキが持つ小枝を奪う。
むっとした顔で振り返ったアキだが、ユーファは自分の懐から小型のナイフを取り出した。
折りたたまれている刃を片手で器用に覗かせ、持ち手をアキに握らせる。

「な、なんだよ?」

「アキ坊、本気で戦うなら、これ持っとけ。貸してやるから」

「あっ、危ないだろ!」

「あぁ、危ない。ここから先は生死に関わる。
“戦う”覚悟を決めたなら、年齢は関係ない。
ゴッコ遊びがしたいなら、ついてくんな」

ドキッと小さな心臓がはねた。
目の前のユーファは、無表情だ。鳥肌が立つほどに。

「怖いか?」

「……まぁ、うん」

「それでえぇ。臆病なくらいが正しい。
慢心すれば隙になる。お前に何かあったら、トキが泣くやろ?」

アキは受け取ったナイフをまじまじと見つめた後、目の前の木に振りかざす。
木肌に傷が刻まれた。

――これが、戦うってことなのか。



「なぁ、アキ坊。守るってどういう意味やと思う?」

アキの素振りを見つめながらユーファは問う。

「死なせないことだろ。当たり前じゃん」

「なるほどな」

腕を組むユーファが微笑んでいるのを背中で感じた。
汗を拭いつつ、アキは視線を気にせずに体を動かし続ける。

「確かに、死なせないことだとも思う。
でも俺は最近思うところがあってな。
……大切な相手の“希望”を失くさないこと。
“道に迷わないように”、歩かせること。
そのためには、“そいつ1人”を生かしても、意味がない。
『守る』と一言で言っても、そのために成すべきことがゴマンとあるわけだ」

両親が守ろうとしている『国』を思い、彼は空を見上げる。

「……ぶっちゃけ、俺もほんの数か月前はアキ坊と同じ考えやった。
だがな、ハイネと会って、トキやアキ坊と会って。それで気付いた。
お袋も親父も、もしかしたらソレを俺に教えたかったのかもな」

「ぼくには、まだよくわかんないよ」

ぐちゃぐちゃの頭の中を整えたくて、アキはナイフを思い切り木に突き立てる。

「アキ坊は賢いからな。少なくともお前と同い年だった頃の俺よりはずっと。
きっと、明日にでもわかってまうんやない?」

「どうだか」

ナイフを引っこ抜き、アキは口を尖らせる。

「……よくわかんない独り言を言ってるヒマあるなら、ぼくに戦い方教えてよ」

「それもそうか。よし、なら徹夜コースか?
一晩でお前を一人前の戦士に仕上げたるからな! 覚悟せぇよ!」

夜空が白む頃合いまで、束の間の“師弟”は修行に明け暮れた。


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