草原に寝転がり、空を見つめる。
満天の星空だ。無数の光がチカチカと瞬いている。
「ハイネさん、お隣いいですか?」
やってきたのはトキだった。
もちろん、と頷くと、トキは微笑んでハイネの隣に腰を下ろす。
「随分遠くまで来たんですね、私達。
ついこの間まで、私なんてただの村娘だったのに」
「うちだってただの学生だったよ。
机にかじりついてさ。テスト前なんて徹夜したりして。
こんな風に夜空をのんびり見上げたの、たぶんちっちゃい頃以来やと思う。
おとんが家に帰ってきた時、よく夜中に散歩へ連れて行ってくれたんよ」
しばらく沈黙が流れる。
トキはハイネと同じように寝転がってみた。
「……素敵なお父さん、だったんでしょうね」
「うん。大好きだった。おっきい手でさ、ぐりぐり頭を撫でてくれるの。
チビやなぁって、からかってきて。それは時々ムカついたけど」
あぁ、とトキは納得する。
ミストルテインを出発する時にハイネが望んだものが、“それ”だったのだ。
「この世界にはおとんがいる。でも、うちのおとんとは違う人。
きっと、次の世界とか、その次の世界とかでも、もしかしたらおとんに会うかもしれない。
でも、“うちの世界”にはおとんがいない。
同じような人、いっぱいいると思う。アンリ先生、マオリ先輩、クレイズ先生、レムリアさんにフェナちゃん。
……トキちゃんも、アキくんも、ユーファやアトリくんも、ベティも。
新しい皆に会う度に、うちの知ってる人とちゃうって自覚させられる。
それがちょっと不安なんや。
うち、自分の世界に帰るまでに、全部受け止めきれるかなって」
「そう、ですよね。私なんかが想像つかないような苦難が待っている……。
ごめんなさい、私……もうすぐハイネさんとお別れって考えたら寂しくなってしまって。
ハイネさんはそれどころじゃないのに、私ったら……」
「ううん、トキちゃん!
うちだって寂しいよ!!」
がばっ、と起き上がったハイネは滲んできた涙を堪える。
トキもつられて起き上がる。
「この世界に来て初めて会ったのがトキちゃんでよかった。
トキちゃんに助けてもらわなかったら、うち、ここまで来ることすらできんかったよ。
ありがとう。うちと友達になってくれて」
「ハイネさん……。
私こそ、貴女と出会わなかったら、何も知らない子供のままでした。
最悪、死んでいたかもしれません。
ハイネさんを守るために強くなろうって、必死になれたんです」
トキは、長い髪を束ねていた黒いリボンをスルリと解く。
それをハイネの手首に蝶結びした。
「私はこの先、一緒に行くことができません。
だからせめてこのリボンだけでも、連れて行ってくれませんか?」
「いいの?」
トキはゆっくり頷く。
「……そのリボン、幼い頃に父さんがくれたものなんです。
母さんが赤ちゃんのアキにつきっきりで拗ねていた私に、父さんがプレゼントしてくれました。
このリボンで私の髪を飾って、『ほら、お姉さんみたいだろう?』って。
その時、私は“姉”になろうって思ったんです。
――誰かを守れる存在でありたい、それが“私”だから」
お守りです、と彼女は笑った。
「ハイネさん。もし貴女が進む方向がわからなくなったら、“私”を探してくれませんか?
別世界の私も、きっと、貴女を助けたいって思うはず。
……自分の事は、自分が一番よく知ってますもの!」
「わかった。必ず会いに行くよ!
そしたらまた、友達になってな?」
「えぇ、もちろん!」
ハイネとトキはぎゅっと握手を交わす。
「そうだ。私、フェナさんの話を聞いて、思い出したことがあるんです」
それは、まだ自我の認識も虚ろな、母の腕に抱かれている頃。
“鮮烈な赤色”の記憶。
「……赤い髪の、今の私と同い年くらいの人でした。
あれは夢か現実か、わからないのですが……
今思えば、あの人はハイネさんによく似ていたんです。
ひょっとしたら……この世界にも、かつては“貴女”がいたのかも、しれません」
それは『過去』の話? 『未来』の話?
――いつか知る事になる『今』、かもしれない。
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