しばらく馬車を走らせているうちに、日が暮れてくる。
夜間の移動は危険が伴う。
ウバロは馬車を止めた。

「追っ手の気配はまだないようだ。
少し休憩しよう。明け方にまた出発するぞ」

彼に促されて馬車を降り、近くの木陰に腰を下ろす。

「あいたたた……。あぁ、やっぱ俺は馬車が苦手や。体中痛くてたまらん」

「ユーファの体がデカすぎるからやないの。うちかてユーファの隣が狭くて肩凝ってもうたわ!」

そんな軽口を叩いていると、ハイネの懐中時計がポツポツと小さい光を放った。
不思議に感じて開けてみれば、穏やかな声がする。

『どうも、ハイネさん。レムリアです』

「わっ、レムリアさん! 無事? 怪我してない?!」

『えぇ、大丈夫ですよ。機関側はノーダメージです。
ちょっと表のドア前が鉄臭いですが』

「えぇっ?! だ、大丈夫なん?!」

『はい。久しぶりの実戦でテンションが上がってしまいまして……
50人くらい片付けたのですが、後始末が面倒で面倒で……』

ヒッ、とハイネは身を竦める。

「……学者先生はアレか、サイコパスってやつかもな」

ユーファのぼやきに、あはは、と呑気な笑い声が送られてくる。

『それで、ハイネさん。
実は十数人、ガッツのない雑魚兵がどさくさに紛れて逃げたみたいなのです。
そっちを嗅ぎつけるのも時間の問題かもしれません。
私が駆けつけられればいいのですが、先のイタズラでそこそこ息切れ気味といいますか……。
機関内の職員も不安そうなので、所長の私がここを離れるわけにもいかず。すみません』

「や、レムリアさんは謝らなくていいよ、うん……。
でも、わかった。うちらも急ぐね」

『えぇ、どうかお気をつけて。
いざとなったら、そちらの護衛に付けた巨漢が蹴散らしてくれると思いますので。
ほら、聞いてますか、ブラーゼン氏?
ボーナス奮発しますから頑張ってくださいね』

「……まったく。俺は戦士ではなく研究員だというのに」

ブツブツと不満を口にするウバロはさておき、だ。
長かったような、短かったような、初めての旅の区切りがもう目の前に見えている。
一体どれだけの人に助けてもらったのだろう。ハイネは手のひらに乗る懐中時計をそっと撫でる。

「ありがとう、レムリアさん。うちのこと守ってくれて」

『将来有望な同業のタマゴを見落としたりしませんよ。ふふっ。
……きっと、長い帰り道になるでしょう。
貴女が何かを学べる道程になることを願っていますよ。
――よい旅を!』



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