寝静まった機関で、レムリアの研究室だけが明かりを灯す。
薄暗い場所にクッションを引き摺って行ったフェナはそこでぐっすりと眠っており、ハイネの仲間達も適当な場所で横たわっている。
――クレイズとの時も、こんな状況だったっけ。



「ハイネさんは“旅人”をご存じなのですか?」

工具に視線を固定したまま、レムリアは囁くように聞いてきた。

「……はっきりとは、わかんないけど。
時々、うちの夢に出てくるんや。見た事のあるヒトなんやけど……」

「そうなのですね。
実は私も、時々そんな夢を見るのです」

えっ、とハイネは図面から顔を上げる。

「貴女のように、いろいろな世界を旅するから“旅人”だと、“彼女”は名乗るのです。
学者の私がこんな表現を使うのも何ですが、“彼女”は“神様”なのかもしれない」

なんちゃって、と彼は笑みをこぼした。

「“彼女”は、いい意味でも悪い意味でも、私を止めようとするのです。
これ以上進んではいけない、ここから先はお前が入っていい場所ではない、って。
私はね、自分で自分の好奇心を制御できないほどのめり込んでしまう節があるんですよ。
だから、もしもその神様の言う事がなかったら、私は人道を逸脱してしまうかもしれないと……
なんだかそんな結末が見えるのです。
神様の夢とは別に、私がヒトとしての在り方を忘れて数多の世界を壊す……なんていう悪夢も見るのです。
その夢の中で、“彼女”と同じ顔が、いつも涙を流している」

「……レムリアさんて、そのヒトの事、好きなん?」

あはは、と彼は小さく笑う。

「そうかもしれませんね。でももしそうだったら、妻に怒られてしまいます」

彼の左手の薬指の指輪が小さく光った。

「この機関を作ったのは、娘のフェナの病気を治すためでした。
私が中途半端なエルフの混血だったために、フェナは生まれつき体が弱かった。
あの子はもともと、もって数年といわれた命だったのです。
今こんな風に、私の研究の補佐をするほど成長するなんて、父親の私ですら思ってもみなかった。とても幸せなのです」

スヤスヤと眠るフェナに目をやる。
――ハイネが知る彼女は、小枝のように細い腕に痛々しい管を何本も通された少女だった。

「フェナちゃんのこと、実はうちもちょっと知ってて。
……そっか。重い病気だったんやね。うち、そんな事も知らんで、気楽に一緒に学校行こうなんて言ったりして」

レムリアは手を止めた。

「レムリアさん?」

「……いえ、ちょっと驚いたんです。
フェナがもっと小さい頃、よくそんな話をしていたんですよ。
夢の中の友達が、一緒に学校へ行こうって言ってくれたから、早く元気になりたいって。
元気になって、いつかその友達を探しに行くんだって。
その後から、奇跡的に持ち直したのです。本当に、奇跡のように。
今もまだ丈夫とは言い切れない子ですけど、あの頃よりはずっと元気にしています」

「フェナちゃん……」

空虚な幼い瞳が、子供の口約束のようなハイネの言葉を覚えていてくれたとしたら……――

「へへっ。ちょっと嬉しいな。
もしかして、“うちら”って、夢で繋がってるのかもしれんね」

「そうですね。きっと遠く離れても、心は繋がっているのかもしれません。
……青臭いですかね、この台詞は? ふふっ」

「ううん。うちはそういうの好き。
……もしほんまにそうなら、うちは“独り”でも、ちゃんと旅ができるかもしれへん」

年端もいかない少女であるハイネの呟き。
旧友が彼女に全てを託した理由が、何となくレムリアには察しがついた。



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