フェナが開けた扉の先に、青年がいた。
椅子からゆっくり立ち上がり、柔和そうな目を細める。
「どうも。私が『レムリア・クルーク』です。初めまして」
「はっ、初めまして! ハイネっていいます!」
ガチガチに緊張しているハイネをアキが小突く。
その小さなツッコミで預かり物の存在を思い出した彼女は、持っていたクレイズの手紙をレムリアに差し出した。
「あれ……クレイからの手紙?
なんだろう。遺書かな」
「い、遺書?!」
ん?と顔を上げたレムリアは娘と似たような仕草で瞬きする。
「クレイは私の大親友だったんですけど、つい先日亡くなってしまいまして」
ハイネの肩から鞄がずり落ちる。
「えっ、ちょっと待ってくださ……
クレイズ先生、死んじゃって……?!」
「……まさか貴女、クレイから『懐中時計』を受け取った方ですか?」
何度も強く頷き、胸元にしまい込んでいた懐中時計をレムリアに見せる。
彼は、あぁ、と悲しそうな笑みを浮かべた。
「そうか、貴女が……。
クレイは『その中』にいるんですよ。彼の魔力の機構がすべてそこに。
クレイの弟であるクライン君からある程度は話を聞いていたんですけど、そういう事ですか」
「なっ……」
何気なく受け取り、何度も助けてくれたこの懐中時計。
まさかクレイズの命を糧に動いていただなんて――……
――懐中時計を握りしめると、仄かに温かい気がした。
泣き出しそうになっていたハイネに、レムリアは微笑みかける。
「貴女は何も悪くないのですよ。むしろ彼を救ってくれた。
彼が負った心の傷はとても癒せるものではなかったのです。友人の立場の私でさえも。
そこで貴女という存在が現れて、彼は意味のある最期を選んだのです」
「そんな……。元気でねって言って、別れたのに」
「悲しまないでください。彼がその命を預けるに値すると、貴女を評価したという事ですから」
レムリアは手紙に目を通す。
フェナは近くの椅子に座って、父親に構って欲しそうな目をしつつ、履いている大きなスリッパをぶらぶらと弄ぶ。
「……なるほど。
ハイネさん、貴女は自分の世界に帰るための手段を求めて、ここまでいらしたのですね」
「……はい。うちの世界は、ここからずっと遠くて、でも移動するにはすっごく魔力が必要だって」
「そうですね。ざっと6000人、ないしは7000人分程度といったところでしょうか……」
「ろ、ろくせん……ななせん……」
気が遠くなるような規模だ。
「確かに、この機関には『燃料』となる純正の魔力を生産する施設が地下にあります。
ですがその魔力は、各地の交通機関の発達や医療技術の向上のために生産されているもの。
さすがに貴女1人のために、この世界の発展を犠牲にする決定を下すのは難しいかもしれません。
そもそも、この機関が貯蔵する魔力量も、よくて1000人分程度なものです。この量というのも、過去10年あまりの間でコツコツと生産して貯め込めたもの。
それほどまでに、魔力を人工的に生産、貯蔵するのは高度な技術でして」
「じゃあ、ハイネは帰れないっていうの?」
痺れを切らせたアキが問うと、レムリアは首を横に振る。
「私としても、旧友が遺した形見のようなハイネさんをそのまま見捨てる事はできませんので……。
発想を変えるのです。“少しずつ帰ればいい”と」
ここからハイネの世界までは数千人分の魔力が必要となる。
だがその量の魔力を工面するのは、この世界では不可能に近い。
であれば、この世界で確保できる分の魔力で別の世界へ飛ぶのだ。
行く先々で燃料を補充しながら故郷を目指す、長い帰り道。
「クレイがその身を賭して貴女の帰郷を願うなら、私も協力は惜しみません。
貴女に分け与える事ができる魔力は100人分ほど。『この世界の1年間』を貴女に託しましょう。
私の権力で学会を黙らせる限界値です。いかがですか?」
「い、いいんですか……?
すっごく嬉しいけど、うち、お礼に何ができるか……」
「では、とある事をお願いしましょうか」
レムリアはある資料を手に取る。
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