照明のついていない部屋で、トキは自分の鞄を前に立ち尽くしていた。
整理された荷物の中、とりわけ大切にしまい込まれている父親からの手紙。
トキが出した手紙の返事だったのだろう。これから出そうという時に、悲劇が起きてしまったのかもしれない。
ついぼんやりしてしまう。いつもならこんなミスはしないのに。
トキは指先に包帯をくるくると巻きながら、心の中のざわめきに耳を傾ける。
「トキちゃんトキちゃん! 遊びましょっ!」
妙な裏声に呼びかけられ、驚いてトキは振り返る。
くっくっく、とユーファが笑っていた。
「ハイネの真似。どや、似てたか?」
「ハイネさんに失礼です。何ですか急に? 喧嘩を売りにきたのですか?」
「あいつの真似したら、喜んで答えるだろ思うてな。誤算だったか」
そんな他愛無い話をしながら、ユーファは傍のベッドに勢いよく腰を下ろす。
反動で彼の体が毬のように跳ねた。
「トキ、俺は見ての通りどーしようもないアホや。
木偶の棒やと思って、思いの丈をぶちまけてみんか?」
「は?」
怪訝そうなトキに、ユーファは目を細めて微笑む。
端正な顔が人懐こそうに形を変えた。
「思いの丈って、私は別に……」
「ここには今、ハイネもアキもおらん。
……ったく、オネエサンぶってご苦労なこったな。
わかるわかる。俺もアニキ面ばっかの人生やったさかい」
「わかったような事言わないで!!」
ユーファは驚いて再び跳ねる。
声を荒げたトキは、顔を歪めて肩を震わせていた。
「そうよ、私だって泣きたい!! なりふり構わず泣き叫びたい!!
父さんも母さんも大好きだった!! こんな形でお別れになるなんて思ってなかった!!
帰る場所がないのがこんなに寂しい事だなんて知らなかった……!!
どうすればいいかわからないのよ!!
私はハイネさんみたいに強く生きられる自信なんてないの!!」
でも、――それでも。
「私はアキを守らなくちゃ……。もっと甘えたかったなんて言ってられない……。
私の弱さが酷く醜いの。だから必死に隠していたのに、貴方は……」
顔を覆ってうずくまるトキの頭に、大きな暖かい手がポンと乗る。
「……わかるさ。俺だって、たまには大人に甘えたくなる。お前だけじゃない。
別に、それは弱さではないと俺は思う。
確かに、故郷は無くなって、身一つ、アキ坊みたいなちっこいガキ抱えて放り出されて、しんどいだろうよ」
だけど、大丈夫さ。
「俺がお前を守ってやるから。な?」
涙に濡れた深緑の瞳が、気恥ずかしそうに笑う青年をゆっくりと見上げた。
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