ソファに座って真剣な眼差しで新聞に目を落とすアトリ。
長い睫毛の下の瞳が忙しなく左右を行き来している。
「アトリさぁん。お茶はいかがですかぁ?」
「あ、あぁ……感謝する」
紅茶を運んできたベティは、アトリの手元にカップを置いて中身を注ぐ。
「ベルベティ……といったか。君が、巷で噂になっている『聖女』なのか?」
「ベティでいいですよぉ、アトリさん。
……そうですねぇ。ベティはイオラ様に閉じ込められて、それはそれは酷~い仕打ちに合っていたのですよう」
「君は……教皇陛下と面識があるのか……」
自分のカップを持ってちゃっかりとアトリの隣に座ったベティは、彼が広げる新聞を覗き込んで小鳥のようにキャッキャと笑う。
「この記事、ベティの事がたくさん書かれていますねぇ!
できればもっと楽しいスクープになりたかったですけどぉ。
でもでも、ざまぁみやがれってやつですねぇ!
このまま青の国が勝ってしまえば、卑しいイオラ様なんかはケチョンケチョンになってくれるんでしょうけど」
「……き、君はずいぶんと前衛的な物言いをする令嬢だな……?」
気を取り直して再び紙面に視線を戻したアトリは、憂いの色で顔を歪める。
「コーネル殿が自ら戦線に立たれるなど……。
確かにあの方は青の国一番と言っていい剣の使い手だと私も思っているが、それにしてもなんと無謀な……。
母上もさぞお嘆きの事だろう。何事もなければいいが……」
「新聞で大々的に報じてしまってよいのですか?
イオラ様にバレちゃいますけど」
「いや、あえてだろう。
こうする事でカレイドヴルフの民は士気が上がる。同時に、これほど大きく報じておけば、卑怯な手段でコーネル殿の命を狙う事は難しくなる。品位に関わるからな。
……私は、戦争は好まない……どうかこのまま、この争いに終止符が打たれる事を祈るばかりだ」
アトリの独り言のような呟きを聞きながら、ベティは床につかない足をぶらぶらと遊ばせる。
『きらり、きらきら。揺らぐ光に祈り捧げ。あぁ、今はもう無き、夢想の光……』
囀りのような美しい歌声に、思わずアトリは振り返る。
「美しい歌だ。何という詩だ?」
「さぁ、ベティにもわかりませんです。これはお母様から教わったのですよ。題名は無くて、ただ“聖女の歌”だって」
「聖女の歌、か……。道理で美しいわけだ」
「美しいですか? この歌」
「もちろんだとも」
ベティはフフ、と笑う。
「ベティはね、この歌は『鎮魂歌』だと思うのですよ。
それこそ、滅びゆく人達の、ね……」
固まるアトリを横目に、ベティは呑気に紅茶を啜った。
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