白の国は騒然としていた。
もはや蛇足のような青の国との戦いに、急に緊張感が走り始めた。
白の国を『無敵』にしていた聖女が、いなくなってしまったからだ。
現教皇イオラの治世は、平和主義とは程遠い。
神の御許を免罪符に戦争を誘発していた彼の切り札が、聖女――ベティだった。
「教皇に剣を捧げた者には、不死の力を授けよう」と甘い言葉で統率されていた王国兵達は、不死の源である聖女の癒しの力を失い、その根底が揺らぎつつある。
――つまるところ、「話と違うじゃないか」と不満が勃発し始めたというわけだ。
イオラはそもそも曰くつきの教皇だった。
前教皇クロラの治世は、完璧とは言えないまでも、おおむね幸福であると誰もが称するものであった。
そのクロラが、まるで台本通りといった風に突如崩御し、彼の兄であるイオラが皇位を継いだ。
本来は清らかに在りたいとする『正の神』信仰の信者が国民であるこのアルマツィアで、戦によって世界の頂点に立とうとするイオラの政治は、民の不信感を煽っていた。
そして今、「死を恐れずに戦える」はずだった王国の騎士団は、死ぬかもしれないという恐怖に戦き、武器を手に取る勇気を失くしていた。
この好機を逃すはずがない。
劣勢であった青の国は、どういう訳か急に士気を低下させた白の国の軍を徐々に押し返す。
地図の上に置かれたカレイドヴルフ軍のチェスの駒が、カルル村から先へと歩を進める。
白い“キング”の駒を弄ぶコーネルは、地図のある一点を見つめている。
聖都アルマツィアの北方に位置する要塞の近く、廃墟のようだと噂されている石の塔だ。
「……無駄な犠牲を払い過ぎた。最初から“聖女”の存在を把握していれば、これほどの犠牲を出す必要などなかったというのに」
「陛下、どうか悔やまれるな。“奇跡”など誰も予想できますまい。むしろ、その存在が公になった事は神の思し召し。勝利の女神は我々青の国に微笑むのです」
会議室に揃う自国の貴族達は、揃って勝利を確信した笑みを浮かべている。
敗戦濃厚だったところで、急に戦況が一変したのだ。無理もない。
だが王であるコーネルは相変わらず険しい面持ちのままである。
未だ神経を張り詰めている主を窘めるように、議会員達は前向きな言葉を並べていく。
「失った命は戻りませぬ。払った対価が無駄になるかどうかは陛下次第。
このまま進軍を続ければ、我々の悲願である聖都に辿り着くのも時間の問題。
リシア様を助け出す傍らで聖都を落とせるかもしれませぬぞ?
これは“歴史的”な出来事と成り得る! この青の国が白の国を支配するのです!!」
「コーネル陛下、ここで更に我が軍の士気を上げるというのが良い。
陛下自らが勝利の旗を掲げるのです! その御手で、リシア様を助け出すというのは如何か?」
「俺に戦線に出ろと言うのか?」
国王が戦場に立つ。それは、吉凶のどちらにも転ぶ一手だ。
主君である国王が同じ地に立つ事で、兵達はより一層士気を上げるだろう。それこそ、最高潮に。
弱っている敵軍にとっては手痛い追い打ちとなるはずだ。
――上手く嵌れば、の話だが。
「陛下、貴方様はリシア様を救うためにこの戦を始めた。
もちろん、我々とて陛下の姉君であるリシア様をお慕いしてはおりますが……。
国民の中には、身内1人のために大勢の国民を犠牲にしている、と反発する輩もおります。
そういった連中は、例えこの戦で勝ちを取っても、反乱分子と成り得ます。
ここで陛下自らが、その御手でリシア様を救い出したとなれば、誰も何も言えますまい。
陛下の真価が問われる局面であると、我々は考えておりますぞ」
コーネルは黙り込む。
正義感と後ろめたさが表裏一体であったこの戦だ。
自分は間違っているのか、と常に自問してきた彼は、臣下達の言葉を静かに受け入れる。
「……わかった。それもまた、俺の責任だ」
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