『……そうですか。しばらく通信がないから心配していましたが……それは、大変でしたね。
アンリ先生には私から話しておきます。今は……あの人の声を聞くの、辛いでしょう?』
ハイネはぼんやりと懐中時計を見つめる。
遠くから運ばれてくる、この世界では死んでしまった人の声。
「……ごめんな、カイヤ先生。うち、疲れちゃった。ちょっと、切るね……」
『えぇ。大丈夫です。ゆっくり体と心を休めてください』
プツ、と通信が途切れる。
麓の集落は焼け落ちてしまった。
地図に載ったり載らなかったりの田舎村は、永久に図面から消えたのだ。
生き残った村人は各地の白の国の辺境村へと散り散りになり、ハイネ達はアトリを連れて黒の国の玄関都市、ホグニという街にやってきた。
黒の国は他の国に比べて近代的であり、他人に興味のない冷たい人々の中で薄ら寒い平和を保っている。
宿をとって腰を落ち着かせ、6人組となった一行は各々心の整理をつける時間をとっていた。
「トキ、お前大丈夫か?
無理せんでもえぇんやで?」
ユーファが心配そうに声を掛ける。
泣き疲れて眠っているアキを優しくあやしながら、トキは首を横に振る。
「私は大丈夫です……。
私がしっかりしないと。アキの家族は、もう私だけなのだから。
この子はまだこんなに小さいのに、運命って残酷ですね」
地図を抱きしめて眠っているアキは、今どんな夢を見ているのだろうか。
幼い心で両親の凄惨な死を受け止めるには荷が重すぎるのか、いつにも増して彼はよく眠っていた。
「少し、考えてしまったんです。
もしも私とアキがハイネさんと行く道を選ばなかったら、どうなっていたんだろうって」
向こうの窓際でぼんやり空を眺めているハイネにそっと目をやる。
「それは、……後悔しとるって話か?」
「いいえ。これっぽっちも。
……私達姉弟は、ハイネさんに命を救われたのかもしれないです。
もしあのまま村に留まっていたら……きっと、私達も殺されていました。
だって、私にもアキにも、オリゾンテの血は入っていますから」
“もしも”ハイネと出会わなかったら。
“もしも”あの村に留まっていたら。
“今”を生きていなかったかも、しれない。
「アトリさんの御様子は?」
「あぁ。何ともない。あいつは見かけによらず、俺と同じくらいタフやから」
向こうのベッドで天井を見つめるアトリと、その傍らで甲斐甲斐しく看病しているベティの姿。
頑なに清い道を歩かせていた弟が見た絶望を思うと、ユーファはやりきれずに溜息を漏らすばかりだった。
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