緑の国の女王ジストの機転によって、アトリの部隊は麓の集落まで派遣された。
名目としては、黒の国の王家であり女王の親戚でもある『ロンディネ家』への挨拶がてら通りかかるだけ……ではあったが、本来アトリ達はこの集落にいたマオリを保護するために遣わされていた。

マオリは生家を出てシュタイン家に嫁いだものの、その身は純粋なオリゾンテ王家の縁戚である。
戦乱の中、敵国の王家の末裔が自国にいたとしたら?
どんな理由があろうと、その因子は排除すべきものである。

無二の友であるコーネルの立場が揺れる今、これ以上彼の不利となる犠牲は避けるべきだ。
そう考えての一案だったのだが――……



「カルル村近くの雪崩れ災害によって到着が幾日か遅れてしまった。
あと1日、いや半日でも早く着ければ、こんな事には……――」

アトリはうずくまったままトキにそう説明した。
雪崩れ災害といえば、ハイネとアキが巻き込まれて負傷したあの現象の事だろう。

アトリがこの村に着いた時には、既に村に火が放たれていた。
何も事情を把握していない集落の住人は逃げ惑い、犠牲者だけが増えていく。
無理もない。襲い掛かってきたのは『味方』であるはずの白の国の兵士達だったのだから。

白の国の兵は集落をひっくり返す勢いでマオリを探し回り、教皇の命令通りに彼女の首を土産に持ち帰った。
妻を匿い逃がそうと、たった1人で無数の兵に立ち向かったアンリは、酷い拷問の末にその命を奪われてしまったという。

アトリはせめてもの償いで、焼け果ててしまう前にアンリの遺体を運び出し、生き残った住人や原型を留めている村人の遺体を必死にかき集め、今に至る。
途中で残党に矢を放たれ馬を失い、自身も追われて傷ついて倒れていたところを、偶然にもユーファ達が救いだしたのだ。



「……アトリさん、もう顔をあげてください。
貴方は何も……悪くないです。むしろ、感謝しなくては……」

トキの呼びかけに、アトリはゆっくり顔を上げる。

「あぁ……そうだ。手紙を1通だけ、貴女の家から救い出せたのです。
貴女の父上の書斎から見つかりました」

トキが受け取った手紙には、宛名として娘と息子の名が描かれていた。
慎重に封を開けて中を読んでみれば、こんな惨劇とは無縁の他愛無い日常が、父の端正な文字で連なっていた。



『トキ、アキ、手紙をありがとう。元気そうで何よりです。

父さんは相変わらず母さんに頭が上がりません。アキを旅に出させた事、毎日のようにネチネチと言われ続けています。

2人は青の国に着いたそうですね。懐かしいです。父さんと母さんが出会ったのも、その国でした。

夏になったら、カレイドヴルフに行ってみなさい。夏祭りで花火というものが見られますよ。

トキも、アキも、一生傍にいたいという相手を見つけたら、その花火を一緒に見るといい。
父さんと母さんの初めてのデートも、カレイドヴルフの夏祭りでしたから――』



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