「私が以前君にした話を覚えているだろうか?」

それは夢の中での問いかけ。
ハイネはすぐにその声の持ち主に気が付く。

「旅人さん……」

光の粒だけが浮かぶ真っ暗な空間で、『旅人』は脚を組んで座っていた。

「“必要以上に心を入れ込んではいけない”。
君にとって、今いるそこはただの『夢』だ。
君の現実は『君の世界』に置き去りのまま。
長い夢を見ているのだよ」

「でも、うちは今ここでこうやって立ってるし、息もしてる。
痛いものは痛いし、悲しいものは悲しい。もちろん楽しいのもそう」

「……やがて君はその世界から旅立ち、別の世界へと渡る。時間と空間を超えた壮大な帰路だ。
君は、帰り道に花を摘む。そして家の花瓶に飾って香りを楽しむ。
その時、君が摘んだ事によって腐っていく根の心配はするか?」

『旅人』は微笑んでいる。
だがそれは以前のような慈しむ笑みではない。どこか冷たい、それこそ『カミサマ』のような。
背筋が凍る気配に、思わず身震いする。

「君はすでにいくつもの花を摘んだ。
中には、君が“来た”事によって運命が反転した者もいる。
君が蒔く種は、私の手にも負えないだろう。そもそも私という存在は『彼』を正すために生まれたのだ。
君の手で改変された歴史までは、どうにもできない。
だから忠告しているのだよ。君はただ、まっすぐに家を目指せばいい」

「そんな事、言われても……」

目の前で泣いている人がいれば抱きしめたい。
同じ喜びを共有する相手と笑い合いたい。
そこが自分の世界かどうかなんて関係ない。

それが、『人間』ではないの?

「まぁ、私が何を言っても今の君にはわかるまい。
私はただの『傍観者』。誰が私を崇めていようと、蔑んでいようと、私はただ1を0に戻す事だけに徹する機械だ」

「カミサマなんて……やっぱりいないんやな」

「そうだな。“万物を救う見境のない”愚直な存在は、神ではなくただの“愚か者”さ」

拗ねるように背を向けたハイネ。
後ろからかけられた声は、自嘲気味に笑っていた。



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