聖都を飛び出し、近場の森に身を潜める。
目の前をいくつもの松明が通り過ぎて行き、やがて気配が消えた。

「ふい~。なんとか撒いたか?」

立ち並ぶ枯れ木の陰からヒョコリと身を伸ばし、周辺の様子を伺う。
物音1つしない。誰もいないようだ。

「皆、あそこに洞窟みたいなんがあるよ。あそこで休も?」

ハイネが指差した先には、ぽっかりと穴が開いた岩肌が鎮座していた。



洞穴の中はそこまで広くはない。だが寒空の下よりかは大分マシだ。
枯れ木の枝や皮を燃料に焚火を作ると、やっと安堵の息が漏れた。

「この度はベティを助けていただいてありがとうございました!」

ちょこんと座っていた聖女が深々と頭を下げる。

「うんうん、もう大丈夫やで!
あっ、それじゃ改めて……これ、君の?」

ハイネは深紅の宝石の指輪を差し出す。
聖女は大喜びでそれを受け取った。

「まさか見つかるなんて!
ベティは今感激で泣きそうなのです~!!」

「ベティ……って名前なの、お前」

調子が狂うのか仏頂面のアキがそう尋ねてみると、聖女は頷いた。

「ベティは『ベルベティ』と申します。長いのでベティで良いのですよ。
パパがつけてくれた名前なのです!」

カルル村跡地で遺品発掘に勤しんでいた老人の話を思い出す。
一見目の前の少女は明るく人懐こい雰囲気だが、あの老人の話が本当なら、この子はどれほどの哀しみを抱えているのだろうか。
深紅の指輪を両手で包み込んで胸に当て、ベティは嬉しそうに空を仰ぐ。

「ベティは聖女と呼ばれていますが、ぶっちゃけカミサマは信じていないのです。
でもこの指輪がベティのところに返ってきたのは何か運命的なものを感じますですね」

「聖女……なのに神様を信じていないのですか……?」

困惑するトキだが、ベティはキャッキャと小鳥の囀りのように笑う。

「カミサマはお母様を助けてくれなかった。パパも、おば様も。
皆ベティを守って死んでいきました。
たった1人生き残ったベティに、それでもカミサマに祈れだなんて……やってらんねー!ってやつですよ」

がはは、と隣でユーファが笑い声を上げた。

「痛快やな。俺も神なんてモンは信じとらん。ほんまにいたとしても役立たずの傍観者や。
結局のとこ、これからどうなるかは自分の選択次第ってな」

ポイ、と焚火に小枝を放り込む彼の瞳に赤い炎が映り込む。
ハイネは懐かしい気分を覚えた。

――どうするかはお前が決めろ。

かつて父親が口癖のように言っていた言葉だ。



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